10年前のきょう現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れたバラクオバマ氏。「核なき世界を追求する勇気を持たなければいけない」と訴えましたが、核兵器を巡る情勢はこの10年はどのように変化したのか、振り返ります。

リポート
「2機目にオバマ大統領が乗っているという手元の情報です。オバマ大統領が出てきました」

2016年5月27日。オバマ氏は、大統領専用ヘリ マリーンワンで降り立ち厳戒態勢が敷かれていた、広島市内を車で移動。平和公園に到着しました。

リポート「いまオバマ大統領が平和公園の原爆慰霊碑の前を歩いています。広島に住むものとしては覚醒の感があります。これは正直な気持ちです…」

その7年前…

オバマ アメリカ大統領(当時)
「確信を持って表明する『核兵器のない世界』の平和と安全をアメリカは追求していく」

オバマ氏はこのプラハ演説により、この年、ノーベル平和賞を受賞します。

原爆資料館の元館長で被爆者の原田浩さん。当時大きな期待感を持って広島訪問を見つめていたといいます。

原爆資料館 元館長 原田浩さん
「歴代大統領の中でもっとも重たい発言をしてくれたということがあったもんですから、私どもの方に期待しましたし、核兵器がなくなるような状況に結びつくんではないかなという、淡い期待を持っていました」

現職の大統領として初めて被爆地を訪れたオバマ氏。原爆慰霊碑を背にしてこう世界に発信しました。

オバマ アメリカ大統領(当時)
「私の国のように核を貯蔵している国々は恐怖の論理から逃れ核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければいけない」

しかし、その後もアメリカは臨界前核実験をくり返し、原田さんは広島を訪問したという事実だけが残ったと振り返ります。

原爆資料館元館長 原田浩さん
「大統領の立場として、何か行動を起こすことができたんじゃないか。それが見えなかったということは、本当に残念というか、もうどうしようもない状態」

さらに、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに核軍縮を巡る情勢は厳しさをまして行きます。

そんな中で行なわれたG7広島サミットでは、核軍縮に関する初の首脳文書が出されました。

しかし、政権が変わったアメリカはいま、イランを攻撃…。世界では核弾頭の数が増加傾向に転じています。今月にあったNPT=核不拡散条約の再検討会議でも最終文書を採択できず3回連続で決裂しました。

原爆資料館 元館長 原田浩さん
「もう秩序はなくなってしまったんじゃないかと思います。それぞれが自分の国のことばかり考えて、核兵器そのものの恐怖というかそれをよく分かっていない」

原田さんは核兵器を使ったらどうなるか想像力が足りないと話します。

原爆資料館 元館長 原田浩さん
「すべての国が核兵器を持った方がいいんじゃないかという、そういう思いになってしまうんじゃないかというやっぱり危機感があります」

オバマ氏が広島を訪れて以降、原爆資料館の入館者は増加。多くの人が広島を訪れています。資料館には当時オバマ氏が折った折り鶴が展示されています。

岡山から修学旅行
「(オバマが来たこと知っていた?)知っている。英語の教科書に載っていて。きょう資料館で見たことを忘れず、ニュースや世界情勢をしっかりチェックしたい」イギリスからの観光客
「どの国も核兵器を持つべきでない。広島がどれほどひどいものだったか私たちは目の当たりにしている」

原田さんは、政治家だけでなく、広島を訪れるすべての人に、その先のアクションを期待します。

原爆資料館 元館長 原田浩さん
「ただ単に広島へ来て見て帰るだけでは意味がない。一人一人が責任を持って、そこへ行動を起こすことをしない限りは来て見ておしまいと、いうことになってしまっているんではないかと思います」