ドラフト1位の平川選手と、RCC野球解説者・山崎隆造さんのスイッチヒッター対談もついに後編。唯一無二のバッターになる可能性を秘めた平川選手の「思考回路」に迫ります。(全3回の3回目)

ことしのドラ1ルーキー、3割30本30盗塁のトリプルスリーを狙うスイッチヒッター平川蓮と、1976年のドラフト1位山崎隆造。プロ入り後に両打ちに転向、17年間カープでプレーし、「背番号1」も背負ったレジェンドとのスイッチヒッター対談の後編ではお互いの数字へのこだわりが明らかに!?

山崎隆造 さん
「入る前はどんなイメージでした?カープに対して」
平川蓮 選手
「真っ赤っていうイメージしかない」
山崎隆造 さん
「真っ赤。あーなるほど」
平川蓮 選手
「自分あんまりプロ野球を見ない人だったんで」
山崎隆造 さん
「あ、プロ野球はあんまり見ないほうですか。昔はね、カープっていったら、真っ赤もあるんですけど、練習が非常にきついっていう球団で通ってたんですよ。」

休日なしの無制限ノック!?カープ伝統の猛練習を振り返る

カープといえば伝統のこの猛練習…

~1998年のニュース映像~
『ことしのキャンプは厳しさを全面に押し出し、練習時間が長いのが特徴。しかも2週間のキャンプ中一日も休みの予定がないとのことで選手の疲れは蓄積されっぱなし。きのうは終盤に時間無制限のノックが組み込まれ、夕方にはついに動けなくなる選手が出てしまうほどでした。』

山崎隆造 さん
「そういう印象はなかった?」
平川蓮 選手
「いや、ドラフト決まって、カープってなって、カープって練習きついぞってなって…」
山崎隆造さん
「あ、それどこかから情報入った?」
平川蓮 選手
「みんな言ってて。あ、まじか…って」
山崎隆造 さん
「なるほど。で、実際入ってみてどうですか?大したことないでしょ?」
平川蓮 選手
「いや、これを乗り越えれば…明るい未来が待ってるかなと」

ついに平川の打撃論!「ガン振りです!」その意図とは?

カープの明るい未来を背負うスイッチヒッターに山崎さんが聞きたかった打撃論が…

山崎隆造 さん
「自分はもうこういうタイプですとかなんか聞いてもいいかな」
平川蓮 選手
「自分は「真っ直ぐに遅れないタイミングで待つ」タイプかなっていう…真っ直ぐに遅れないタイミングで待って、真っ直ぐを捌く」
山崎隆造 さん
「そして変化球が来た時は?」
平川蓮 選手
「ガン振りです!」

平川選手の打撃論が垣間見えたところで、さらにスイッチヒッターとして山崎さんが気になるポイントが!?

大学時代から両打ちに挑戦の平川 左・右の決め手は「データ」

山崎隆造 さん
「聞くところによると、作った左(打席)ですよね、どっちかというと。で、左投手に対しても打席に立つということを聞いてるんですけども、じゃあその時っていうのは、何を根拠に、どのタイミングで代えるんですか?」
平川蓮 選手
「まず相手投手の被打率を見て。右打席、左打席どっちの方が被打率が高いかを見て、決めてます」
山崎隆造 さん
「データはものすごく重視する?」
平川蓮 選手
「自分は結構見る方かなって思います」
山崎隆造 さん
「じゃあ逆に、左対左で勝負する。じゃあ右対右でもあるということですね」
平川蓮 選手
「いや、1回だけあるんですけど、それは…」
山崎隆造 さん
「それは少ない。無い」
平川蓮 選手
「ほぼ無いです、はい。けど、結構強風とか、風があって、上げたらもうホームラン入りそうぐらいの風があったら、右対右でも入って、引っ張って打つかも」
山崎隆造 さん
「なるほど。じゃあそういうところもね、ファンの皆様非常に楽しみにすると思うんですよ。今までになかったケースなんでね。これはこういう球界にね、こういう選手が出てくるっていうのは本当に非常にワクワクしますよね」
平川蓮 選手
「頑張ります。ありがたいことです。頑張ります」

いずれは背番号『1』を 未来のカープの顔・平川に今後も期待!

山崎隆造 さん
「スケールのでかい選手だなともう実感したんでね。トリプルスリーっていうのを1度ではなくて、2度3度とやるぐらいのね、そういう選手になってほしいなと思いますし、いわゆるカープの顔になってほしいなと思います」
平川蓮 選手
「スケールの大きいって言ってくださってるんですけど、ホームラン、長打、両打席でホームラン打てるスイッチヒッター多分日本人は少ないと思うので。自分がその先陣を切ってアピールできるように、これからの野球人生を頑張っていきたいなって思います」
山崎隆造 さん
「あとね、背番号1。いずれは、背番号1を背負って、プレーしていただきたいなと。是非、思うような選手ですので、そこは頑張ってほしいなと。そういう風に思います。

▽ 山崎隆造(やまさき・りゅうぞう)
1958年4月15日生まれ、広島市出身。崇徳高校3年時には、主将として春のセンバツに出場しチームを初優勝に導く。1976年、ドラフト1位で広島東洋カープに入団。1978年、当時の監督・古葉竹識の進言により、高橋慶彦に次ぐスイッチヒッターに転向した。1984年からは6シーズン連続全試合出場を達成、3度のベストナインと4度のGG賞に輝き、93年に現役を引退。引退後はコーチ・二軍監督を経験し、新井貴浩(現カープ監督)や前田健太(現楽天)、丸佳浩(現巨人)を指導。現在は、RCC中国放送野球解説者や母校である崇徳高校野球部総監督として活躍している。右投げ両打ち。

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第1回
『山崎隆造さんが1番最初に聞きたかったこととは?期待の平川を質問攻め!』
第2回
『「右打ち・左打ちは何が違う?」練習試合での後逸…その胸の内に迫る』
第3回
『カープは練習がきつい!?「両打席でHR打てるスイッチヒッターに」平川蓮の思考回路を解き明かす』