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焼け野原となった戦後の広島の街の復興とともにあったお好み焼…。
「お好みたべたい」は、作家・清水浩司さんによる関係者への取材とRCCに残る井畝満夫さんに関する資料などを基に構成・創作するオリジナルストーリーです。
清水さんが取材を通して知ったあんな話、こんな話をWEBコラム「お好み ひとくちメモ」にしました。
ボルゴグラードに広島のお好み焼の店を出そうという話が持ち上がったのはソビエト連邦末期。ゴルバチョフ書記長が民主化を進めていた時期のことです。
平成2(1990)年、「ひろしま生協」は姉妹都市であるボルゴグラード州の消費協同組合と友好提携協定書を交わします。ひろしま生協が友好の証として考えたのが、広島のお好み焼店を現地に持っていくという案でした。
みっちゃんはお店にロシアのコックを迎えて、お好み焼の作り方を指導しました。そしてお店の準備と開店の2度、ボルゴグラードに渡りました。お店は宮島の鳥居をイメージした造りで、店内で使う鉄板はオタフクソースが寄贈、飛行機で運搬しました。
お店はソ連崩壊の混乱や賄賂もあって長くは続きませんでしたが、ソウルフードで国際交流を図るというアイデアは画期的なものでした。
その後、2022年にはみっちゃんの弟子である「いっちゃん」の市居馨さんが平和の使者として中東ヨルダンに出向き、お好み焼を振る舞います。「お好み焼が秘める力は想像以上」。市居さんが感じたお好み焼の可能性を、師匠も感じたのでしょうか?
(取材・執筆 清水浩司)

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