国内市場が2兆円を突破したゲーム産業。ゲームの戦国時代ともいえる今、40年前のファミコン時代から生き残る、広島のゲームメーカーがあります。
手がけるのは高精細な3Dゲームでも、流行のアクションゲームでもない、昔ながらの“レトロなRPG”。一体どんなメーカーなのか、取材しました。
「東京ゲームショウ」の一角に 広島唯一のゲームブランド
9月に開催された、世界最大級のゲームの祭典「東京ゲームショウ」。最新のゲームを体験しようと、4日間で25万人以上が詰めかけました。
ゲーム産業はいま、世界市場が32兆円、国内市場が2兆円超と、日本の一大産業として、成長し続けています。一方、ゲームの技術も向上し、1本の作品を作るのに何百億円と掛かるケースも珍しくありません。

そんななか、熱心なファンを集める、広島唯一のゲームブランドがありました。
およそ40年の歴史を持つメーカー、ケムコ。ファンが求めるのは、リアルな3Dゲーム……ではなく、ドット絵などを用いた、昔ながらの「レトロ」なゲームです。
年間発売本数“10本” 謎に包まれたスタジオに潜入

ケムコがスタジオを構えるのは、自然ゆたかな広島県東広島市。ゲームに携わる社員はおよそ20人。その多くが地元・広島や、広島の大学の出身者だといいます。
そんな彼らが得意とするのは、RPGやアドベンチャーといった「物語」を軸に作られるゲームです。看板作品は「アルファディア」。壮大なファンタジーを舞台に展開される、本格的なRPGです。
手がけるのは、オリジナル作品だけではありません。
特別に見せてもらったのは、開発真っ最中のゲーム「Dragon Ruins II: Aftermath 」。迷路のようになっているダンジョンを歩き、最終的にボスを倒すというRPGです。1作目がヒットしたため、現在続編を制作中しているのだとか。

こちらのゲーム、開発しているのは日本ではなく、ウクライナのクリエイターです。IT産業が盛んなウクライナにはゲームクリエイターも多く、開発が盛んなのだといいます。こうしたクリエイターと、家庭用ゲーム機での発売を支援するなどして連携しているのです。
国内外のゲーム開発者とも手を組むことで、年間およそ10本という、驚異的な作品数を発売し続けるケムコ。しかし、最初から軌道に乗れたわけではありませんでした。はじまりはおよそ40年前、ファミコン時代まで遡ります。
ファミコン時代に生まれ…立ちはだかった“3D”の壁

1984年に誕生したケムコ。はじまりは、家庭用ゲーム機「ファミコン」のソフト開発でした。オリジナル作品に加え、海外のパソコンゲームも「移植」し、国内外でヒットしました。
しかし技術の進歩に伴い、ゲームの主流は“ドット絵”から“高精細な3D”へと移行。膨大な開発コストと時間が掛かるようになり、主戦場だった家庭用ゲーム機からの撤退を余儀なくされます。
当時の状況を知る黒川常務。作品を1本作るのに数年かかるような状況に、眉をひそめたのだと言います。
コトブキソリューション(ケムコ) 黒川雅臣常務
「たとえ今作り始めても完成するのは数年後。その間にトレンドが変わってしまうと、なかなか売れづらい。うちも同じような方向(3D化)を頑張った時期があるんですけど、結局いくらコストを積むかというところにしかならなかった。そして、私たちはそこは行くべき道ではないなと思った」

そんななか、光明が差します。いまではガラパゴスケータイ・ガラケーと呼ばれる「携帯電話」の登場です。
「昔ながらのRPGを求めるファンは必ずいる」

早速、ドット絵で展開してきたファミコンゲームを移植したところ…。
黒川常務
「ファミコンで『インドラの光』というRPGを出していたのを、ガラケー向けに移植してみよう、ということでやってみた。それが結構売れた。他の作品も新規でRPGを作ってみたら、やっぱり同じように売れる」
「手を変え品を変え、いろいろな“お話”のゲームを作ってみた。それでもお客さんはついてきてくれた。何本も何本も新しいゲームをやってくれるユーザーを見て、昔ながらのRPGの基本的な仕組みを活かしながら、ストーリーやグラフィックに新たな工夫を凝らすことで短期間で新作を作り、出し続けられるという事に気づいた」
技術が進歩しても、昔ながらのRPGを求めるファンは必ずいる。そして昔ながらのRPGなら開発コストも少なく、安定して作品を出し続けられる。
そう確信し、携帯電話の主流がスマートフォンになったあとも、昔ながらの作品を作り続けました。そしてついに、一度は撤退した家庭用ゲーム機にも返り咲くことができたのです。

黒川常務
「昔ながらのJRPGではあるけれど、新作をどんどん投入していく。同じ商品を並べ続けても人気が衰えない店があると思うが、ゲームも同じだと思っている。ケムコに行けば、RPGがある。アドベンチャーゲームがある。ここに来れば新しい作品があると、ファンに思ってもらえるようにしたい」
なぜ東広島に?鍵握る広島大学

しかしなぜ、東広島でゲームを作り続けるのか。
その鍵を握るのが、同じ東広島にある広島大学です。
広島大学・工学部のとある研究室。そこに集まる学生さんたちが行っていたのは、運動を促進するためのゲーム「ヘルシーエクササイズ」です。広島大学と共同で制作されたもので、いま複数の高齢者施設に導入し、好評を得ています。
しかしなぜ、広島大学が制作に関わっているのでしょうか。
広島大学工学部 栗田 雄一教授
「元々運動の計測の研究をしていたが、計測する技術を作っても、研究者以外がうまく使いこなせないという問題があった。何とかして一般の方でも操作しやすいシステムを作りたいと思ったときに、ゲーム会社を紹介された」
さらに、大学とゲームスタジオとの“距離の近さ”が、栗田教授らにとって大きなメリットだったといいます。
“徒歩5分”圏内のコミュニケーション

栗田教授
「ケムコさん、実は広島大学の東広島キャンパスから、歩いて5分ぐらいの場所にある。何か打ち合わせしようと思ってもすぐに会えるし、できたプロトタイプもすぐに試すことができる。学生も含めたミーティングまで簡単にできたことは、開発を進める上で非常にやりやすかった」
実は「徒歩5分」という距離、偶然ではありません。およそ20年前、黒川さんが当時の社長に頼み込んで、東広島にスタジオを設けたのだそうです。
黒川常務
「こっちに出させてくれと、無理やり事業を持ってきた」
狙うはゲーム開発に欠かせない“学生アルバイト”

わざわざそこまでした理由が「学生」という人材を確保することでした。
黒川常務
「学生のアルバイトが欲しかった。ゲームをどんどん作っていく上で、RPGを何十本も作っていくとなると “テスト” をする人が必要だった」
「そこで『若い子がすぐに手に入るところってどこなんだろう』と考えたときに、思い浮かべたのが、自分の出身大学でもある広島大学。広大の学生がアルバイトに困っていることを、僕は学生時代に身に染みて分かっていたから」
計画通り、大学生アルバイトの確保に成功。それで終わりではありません。次に目をつけたのが、ゲームの海外展開に欠かせない“翻訳”を担う「留学生」でした。
黒川さんは、広島大学の留学生がスタッフとして集う“英会話カフェ”に自ら通い、実際に英語を習得しながら、学生たちをスカウトし続けたのだといいます。
「留学生はすごく力になってくれた。一緒に翻訳をし、ゲームのテストをし、活躍してくれた。さらに学生と話をすることによって、それぞれの出身国ならではの事情も学ぶことができた。たとえば『フランスと日本ではキーボードの配列が違う』とか。フランス人と交流して初めて知ったこともあった」
東広島からの挑戦「顧客は全世界」

東広島の地の利を活かしながら、新作を出し続けるケムコ。家庭用ゲーム機をはじめ、スマートフォンやパソコンなど、全ての「プラットフォーム」でゲームを展開しています。さらに売上の半分以上が“海外”。32兆円を突破し盛り上がりを見せる世界市場を、東広島からしっかり見据えます。
黒川常務
「日本には1億人しかいない。でも全世界80億人もいる。海外に売っていけばいくらでもマーケットがある。そういうことが広島、この東広島でもできる。とにかく出したゲームは全世界、全プラットフォームに対応させる。これを一貫していきたい」
ゲーム業界での生き残りが厳しくなるなか、ファミコン時代から培ってきた海外との繋がりを活かし、販路を広げています。
黒川常務
「“継続は力なり”という言葉があると思うが、うちはそれをやっている会社だと思っている。東広島市、ここでゲームをずっと作り続けていって、世界に向けて販売し続け、50年100年と続く会社にできれば。継続的にゲーム業界の中に、ケムコを残していきたい」




























完全無料で広島情報


コメント (0)
IRAWアプリからコメントを書くことができます