先月、亡くなった被爆者で元サッカー日本代表監督の「下村幸男さんを偲ぶ会」が5日から6日にかけて、母校である広島市中区の修道高校で開かれました。

先月13日、94歳で亡くなった下村さんは、旧制・修道中学2年生、13歳のときに爆心地から約1kmの地点で被爆しました。

1956年のメルボルン・オリンピックでサッカー日本代表に選出。その後、サンフレッチェ広島の前身にあたる東洋工業サッカー部の監督や、サッカー日本代表の監督を歴任しました。

参列者らは、祭壇の前で手を合わせたり、下村さんのサッカー人生をまとめた展示を見学したりしました。

「下村さんがきっかけで日本リーグで...」参列者の声

下村さんが父親の後輩にあたり、生前親交のあった 児玉 諭さん(68)は「今ごろ父と肩を組んで酒を飲んでいると思う。『あの世でも元気で頑張ってください』と伝えたい」と話しました。

自身もサッカー選手としてプレーした小滝 勇一さん(71)は「高校2年の時に下村さんに誘われたことがきっかけで、日本リーグでプレーできた」と振り返ります。

2日間にわたって開かれた「下村幸男さんを偲ぶ会」には、約250人が参列しました。