きょう上田宗箇流17代家元を継承した上田宗篁さんに、私たちは単独インタビューしました。家元を継承すること、実の父親でもある先代の家元への思いなどを聞きました。
きょう茶道上田宗箇流17代目家元を継承した上田宗篁さんです。お話をうかがった場所は宗篁さんがメインプロデュースをし、広島城三の丸で1年前に開店したSOKO CAFE。上田宗箇の茶の精神を受け継ぎながら親しみあるメニューで身近に楽しめる場です。
小林康秀キャスター
「中央にありますとインパクトがありますね」
400年の歴史を持つ上田流の拠点、和風堂には「鎖の間」という茶室があり、1年中、釣釜でお茶を立てる決まりがあるといいます。

上田宗篁さん
「空間を大きく見たとき、この鎖の存在感っていうのは非常に大きいので、やはり釣釜にしてよかったと言う風に思います」
2年ほど時間をかけて細部までこだわりました。それは伝統を伝えることを大切にしながら、今までとは違う形で文化に触れてもらうその塩梅に苦心したからです。
上田宗篁さん
「やっぱりそこが一番大事ですよね。大衆受けすればなんでもいいっていう考え方もあまり好きではないですし、どういう風に上田宗箇流が関わっていることを意味あるものにしていくのかっていうのは、かなり考えましたし協議をして行きました」
プロのダンサーとして…
宗篁さんは大学卒業後、4年間東京の五島美術館で研修するかたわら、プロのダンサーとして国内外で活躍しました。
上田宗篁さん
「本名は「重安」と言うんですが、上田重安個人としてどれくらい自分に力があるのかっていうのをしっかり自分が知りたかったっていうのがありまして。好きなことで頑張れないんだったらもう何にしても頑張れないと思ったのでダンスを死に物狂いでやって。その結果が出たことで、自分の運命とか家業っていうものに向き合う自信がついたっていうのはありますかね」

父 宗冏さんとはどんな関係なのでしょうか?
上田宗篁さん
「やっぱり普通の親子の会話も基本的にはありませんし、普段は当然敬語で接してますので。親子という感覚よりはやっぱり師弟の感覚に近いんじゃないかなと思います」
がんが見つかって…
師匠の背中を見ながら研鑚を積む最中、9年前右足にがんが見つかりました。当時抗がん剤治療などを体験し、価値観が大きく変わったといいます。
上田宗篁さん
「ここの家業をしっかり自分の運命として役割を果たす中でも、自分が自分の人生を本当に毎日『明日死んでもいい』と思えるぐらい、充実して楽しいものにしていかないと生きている意味がないなということが、その命が失われるかもしれないという経験をした中で一番感じたことでしたね」

正座はできなくなりましたが、机を使い椅子に腰掛ける立礼式(りゅうれいしき)でのぞんでいます。
上田宗篁さん
「ここ10年ぐらいで一気にその腰掛けで茶の湯を行うことの許容っていうのがかなり広がったように思いますので。時代的なタイミングに救われてる部分もあるなというのは感じます」

広島サミットでのおもてなしや、ハノーバー市での展覧会を終えた翌年の2024年。家元の継承について伝えられたといいます。
継承について伝達…
小林キャスター
「お父様はどのようにお伝えになられたんですか?」
上田宗篁さん
「26年に代わるからと。以上です。特に何歳で代わるみたいな決まりがあるわけではないので、良きタイミングでそういう決断をされたら、そこは大きくリスペクトがありますので。それを受けてわかりましたというお話をしたという感じです」
宗篁さんは父、宗冏さんが伝え続けた上田家の伝統や歴史を、自分の命というフィルターを通して大切にしていきたいと話します。

上田宗篁さん
「今を生きる方たちにどのようにこの茶の湯の面白さ、楽しさだったり素晴らしさっていうのを伝えていけるのかっていうのを、今を生きる自分たちが考えて、茶道とか茶の湯に興味を持ってくださる方を増やしていくっていうのは必要なことであると思います」






















完全無料で広島情報


コメント (0)
IRAWアプリからコメントを書くことができます