15年前、三浦由美子さんは、飲酒運転の車に息子・伊織さん(当時高校2年生)を奪われました。「加害者にも、被害者にもならないために」。三浦さんは、いびつに変形した息子の自転車とともに、各地で自身の体験を伝えています。(【2回目】「加害者は表情一つ変えず…」裁判で加害者に遺族が抱いた憤り から続く)

”壊れた自転車”が語ること

講演の際、由美子さんのそばには、いびつに変形した自転車があります。事故のとき、伊織さんが乗っていた自転車です。当日も丁寧に手入れをして出かけたといいます。

「どんな言葉で説明するよりも伝わる思いがある」

伊織さんの自転車を背に、由美子さんは言います。

「心を砕けば砕くほど…」

判決から年月が経ち、由美子さんは加害者と手紙のやり取りを重ねてきました。

加害者の母親が自宅に来たことも、加害者が講演を直接聴講したこともあったといいます。『生命(いのち)のメッセージ展』という、事件や事故で命を奪われた被害者の靴や等身大パネルを展示する場で、伊織さんと対面したこともありました。

しかし、やり取りを続ける中で由美子さんは気づきました。

「心を砕けば砕くほど、恨みが募っていく私がいた」

当時由美子さんは「後悔しないだけのことをやり尽くさなければ」という思いに縛られていたといいます。

そんなとき、伊織さんならどんな言葉をかけるだろうかと考えました。

三浦由美子さん
**「浮かんできたのは『お母さん、もういいよ』という悲しげな言葉でした。

私たちに誰かの言動で幸福を左右されず、自分の人生を生きてほしいと願う伊織の顔でした」**

「あなたを許そうと決めました」

半年かけて気持ちを整理し、由美子さんは加害者への最後の手紙をしたためました。

**「あなたを許そうと決めました。

まだ許しましたとは言い切れない私ですが、許すとは何なのか、これからも自分自身に問いながら、少しずつ変化していく答えを心で味わっていこうと思っています」**

そして手紙はこう続きます。

**「やるべきことを終え決断をした今、私の心はとても穏やかです。

ご縁をいただいた方との関わりを通して、自分を尊重し他者も尊重しながら、自分の人生を生きること。

それが私の意志であり、伊織の願いでもあると思うから」**

彼の命がそこで終わらないように

三浦伊織さん(由美子さん提供)

4月、東広島市の高校に由美子さんの姿がありました。そばには伊織さんの自転車。耳を傾けるのは、伊織さんと”同じ世代”の高校生たち。彼らを「加害者にも、被害者にもしない」ために、自身の経験を伝えます。そして、由美子さんは、伊織さんのクラスメートが書いた手紙を読みあげました。

「自転車競技部の話をしている時の伊織の顔は、いつもワクワクした気持ちが溢れ出ているみたいでした。

たった一瞬で、伊織が大切にしていた自転車も、大きな賞を取ってみんなを驚かすという夢も、全部壊されて悔しくて仕方がないのです。

苦しい時も楽しい時も笑顔でいる伊織は、ずっと僕の大切な友達です」

三浦伊織さん(由美子さん提供)

由美子さんは語ります。

**「ここで終わりではない。どう頑張っても伊織が帰ってくることはないけれど、その彼の命がそこで終わらないようにしていくのが私の役目だと思っています。

思いを受け継いでくださる方が1人でもいれば、その人の心の中に生き続けると思うので、続けていきたいと思っています」**
 

【この連載を最初から読む】
【第1回】飲酒運転で奪われた高2の息子 「電話に出た娘の体が震え…」 警察から届いた「赤と白の自転車」の身元確認 病院で案内されたのは白い部屋 事件から15年 母親が伝え続ける理由
【第2回】「加害者は表情一つ変えず…」 飲酒運転で奪われた家族の日常 不調をきたした妹、仕事を辞めた両親… 裁判で表情を変えぬ加害者に遺族が抱いた憤り