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6000人を超える人々の命が奪われた阪神・淡路大震災の発生から31年が経ちました。広島市に住む加藤りつこさん(77)が、震災で亡くした息子・貴光さん(当時21)への思いを込めてコンサートを開きました。
「貴光が亡くなったとき、私たちはここに寄り添ってやれなかった。『1人で逝かせてしまった』というのが本当にかわいそうでたまらなかった」
そう話す加藤りつこさん。息子の貴光さんは当時 神戸大学の2年生で、下宿先だった兵庫県西宮市の夙川のマンションで亡くなりました。
貴光さんの誕生日にである12月20日、その夙川で貴光さんの名前を冠したコンサートが開かれました。会場は西宮市立夙川公民館の松下記念ホール。貴光さんの下宿先のマンションがあった場所から約100mの場所に位置するホールです。
この日にこの会場で実施できたことについて「貴光がきっと私が悲しまないように『この夙川に笑顔で来てくれ』というメッセージじゃないかという気がする」とりつこさんは話します。
「加藤貴光 折り鶴平和音楽会」

7回目にして初の夙川開催となった"加藤貴光 折り鶴平和音楽会"。
りつこさんと親交のある熊本の音楽デュオ Vientoの演奏や、りつこさんが出演を熱望した詩人のアーサー・ビナードさんによる朗読などが行われました。
東京から観覧に来たという男性は「いろんな人を魅了してきた青年だったと思う。それをVientoの言葉や演奏を通じて聞いて、本当に感動した」と話しました。
また、コンサートには神戸大学時代の同級生9人も全国から駆けつけました。
同級生の中下雅博さんは「加藤にしても他の亡くなった友人にしても、もっとやりたいことがたくさんあったと思う。『お前らの分まで頑張ってるよ』と言いかけて、そこまで頑張り切れてるかなと、切ないような恥ずかしいような気持ちになるときがある」と貴光さんへ思いを明かしました。
同じく同級生の宮崎和宏さんは「彼の思いがいろいろな新しいことに繋がっている。非常に素晴らしいなと思う。コンサートそのものも非常に素晴らしいですし、私も感動した」と振り返りました。
200人を超える観客が集まり、大盛況に終わった"加藤貴光 折り鶴平和音楽会"。
りつこさんは「皆さんが集まって出会ってくださった。私がここに連れてくるんじゃなくて、あの子が導いて、連れてきてくれたという思い」と話しました。
夙川が「また来たい場所」に変わる。12月20日は、りつこさんにとってそんな1日になりました。
コンサートからおよそ1ヶ月

再びりつこさんに話を聞きました。年末年始、ずっと余韻に浸っていたというりつこさん。その余韻の中で残務整理に追われ、家の用事がほとんどできなかったといいます。
また、コンサートを受けてたくさんのメッセージが届いたというりつこさん。中でも「不登校だった小学生の男の子が心を開いた」というメッセージが印象的だったということです。
加藤りつこさん
「この31年で、貴光も空の上で役割があったような気がする。これからはそういうことを生かして、もう前進したい。命ある限り、私ができる限り、貴光の思いをずっと伝えてやりたいなとそんな気持ちになってます」
31回目の1月17日。悲しみだけでなく希望も胸にりつこさんは神戸へ、そして夙川へと赴きます。































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