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13歳で白血病 無菌室で消えた夢 「かわいそう」が心を傷つけ 絶望の中で見出した言葉の力と新たな夢【前編】

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3歳から続けたバレエ、奪われた日常

「あなたにとって普通とは何ですか」。高校生に問いかけたのは、日本骨髄バンクユースアンバサダーの三木まりあさん(27)です。13歳で急性白血病を発症し、現在は看護師資格を持ちながらバレエ教室を運営、全国で普及活動を行っています。

広島県の高校で開かれた講演会で、三木さんは、自らの体験を話しました。
三木さんがクラシックバレエを始めたのは3歳のときでした。小学校高学年になると「バレリーナになりたい」と本格的に取り組むようになりました。

中学2年生の頃には毎日5~6時間のレッスンに励んでいました。国際コンクールを1ヶ月後に控えていたとき、異変は体育の授業中に現れました。

めまい、頭痛、そして視野の下半分が見えなくなる症状。それでも「少し休めば良くなる」と自分に言い聞かせました。踊ることが何よりも幸せだったからです。

無菌室の中で消えた夢

ある日、耐えられないほどのだるさと関節の痛みで病院へ向かいました。しかし、採血結果を見た医師はすぐに紹介状を書き、その日のうちに車椅子でさまざまな検査を受けることになります。

目が覚め、そばにいた父親に「いつ帰れる?」と尋ねた三木さんに返ってきたのは

「当分は帰れないんじゃないかな」

という言葉でした。

告げられた病名は、急性白血病。約1年間の入院が必要となり、三木さんにとっての『普通』が崩れていきました。1ヶ月後の国際コンクール、2ヶ月後の修学旅行。楽しみにしていた全てが消えました。

そして何よりも、バレエができません。バレエ一筋だった三木にとって、それは夢の崩壊を意味しました。

追い打ちをかけた抗がん剤治療

さらに追い打ちをかけたのは、抗がん剤治療による脱毛でした。ある日、看護師が衛生上の理由から髪を剃ることを提案しました。

三木さんは覚悟を決めていました。しかし、その時に看護師がかけた言葉が胸に刺さります。

「かわいそうに」

その一言は同情ではなく、自分を「かわいそう」な存在だと定義する、傷つける言葉に感じられました。

闘病生活で見つけた新たな道

「もし『帽子似合ってるよ』と言われていたら、どれほど救われたでしょうか。この経験が、看護の道を志すきっかけとなりました」

看護師の言葉一つで、患者の気持ちは大きく変わる。

だからこそ、言葉の力を理解した看護師になりたい。絶望の淵で、三木さんは新しい道を見出し始めていました。
【後編】へ続く)

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