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広島県東広島市、山陽自動車道 河内ICから国道432号を西に2kmほど走ると現れる右カーブ。ある人にとっては何処にでもある道も、ある人にとっては忘れることのできない場所です。
「今年は現場に近づいたときに1つお花が供えてあって、今まで自分たちが来るより早くお花が供えてあったことがないので、『誰が来たんだろう』っていうのをちょっと思いながら...」
そう話すのは、広島県府中町に住む松本里奈さん(54)です。今年も夫の命が奪われたこの場所にやってきました。
夫の命日に花を供えているのは現場に設置されたカーブミラーの下。既に1つの花束が供えられていました。
「あれは蝶の片側の羽になっています。蝶は魂だと言われていて、お盆などに飛んで帰ってくると言われています。2つが出会って1つになれば...」
松本さんが花束を供えると、蝶を形作りました。松本さんの花束を仕上げたフラーショップからの粋なサプライズでした。
夫を失った13年前のクリスマス

2012年のクリスマスの朝、走行中のトレーラーから1枚800kgの鉄板15枚が落下し、対向車線の乗用車を直撃。この事故で乗用車に乗っていた松本さんの夫・康志さんが亡くなりました。
その後、トレーラーの運転手が鉄板の固定作業を怠り、たった1本のワイヤーロープで括られていたことが発覚します。康志さんが巻き込まれたのは「事故」ではなく「事件」でした。
「1回失ったもの、特に命は、どんなに努力をしても、誰がどんなに力を注いでも戻ってこない」と松本さんは話します。
夫を失って初めて感じた命の重み…。松本さんは、命を奪われる被害者だけでなく、加害者も生まないため、各地で思いを伝える活動をしています。
今年は自身の中で大きな出来事がありました。
夫の故郷、そして夫との思い出の場所で...

松本里奈さん
「主人と結婚してからずっと住んでいて、主人が生まれ育っていた『府中町』から依頼いただいて、講演を行ったことはすごく大きかったです」
10月、府中町が開いた「安全推進大会」で、松本さんは、犯罪被害者遺族代表としての講演を担当。その安全推進大会が開かれた府中町の"くすのきプラザ"もまた、康志さんとの思い出の場所でした。
松本さんは「13年目の私だから、依頼を受けて話すことができたと思う。もう少し早い段階だと、私はそこでは話すことができなかった」と話します。
苦しみの先に見えた希望

あの日から13年。
これまで辛くて足を運ぶことができなかった康志さんとの思い出の場所も、今では行くことができるようになった場所も増えてきました。
松本里奈さん
「広島ドラゴンフライズの試合を見に行くようになった。結婚してからの19年間のうち、半分以上は子供たちのバスケを追いかける生活。夫がいなくなって、バスケを見ることも無くなっていたが、最近は観戦に行って、バスケの試合自体を純粋に楽しめるようになった」
心から笑うことが無く、“自分は楽しんではいけない”とさえ思っていた時期もあった松本さん。そのときの自分を乗り越え、今まで楽しめていなかったことを楽しめるようになりましたが、同時に悔しい思いも芽生えたといいます。
松本里奈さん
「一緒に子供たちを育ててきてて、いま成長して『こういうことがあったね』とか、『ああいうことがあったね』とか、夫婦だけしか知らない時間を一緒に振り返る相手がもういなくて。それだけはやっぱり悔しい」
同じ思いをする人が二度と出ないよう...

13年目に見えた一筋の光。ただ、完全に傷が癒えることはありません。
失って初めて分かるものを失う前に、考える機会を作ってほしいと松本さんは訴えます。
松本里奈さん
「被害者支援がもっと整った社会になればいいなって。そのために、また話していきたいなと思ってます」
同じ思いをする人が二度と出ないよう、松本さんは伝え続けます。
















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