今年のノーベル平和賞に核兵器廃絶を訴え続ける「日本被団協」が選ばれ、その授賞式が10日、ノルウェー・オスロで開かれます。たった1発の爆弾で焦土と化した広島の街。そこから人々はどう立ち上がっていったのか。今回お伝えするのは、原爆投下から2ヶ月後に行われた祭りの記録です。壊滅状態をかろうじて免れた町を、みこしが練り歩きました。
「結構若いもんがおるねえ」。10月、広島市西区の己斐で開かれた秋祭り。少し離れたところから見守るのは末田武雄さん(83)です。己斐で生まれ育った末田さんは地域で「お祭りおじさん」と呼ばれていたほど祭り好きです。
数年前に病気を患って以来、久しぶりに訪れた地域の祭り。自身も参加していた若い頃を思い出します。末田さんがまだ幼かった79年前の秋も、この地域をみこしが練り歩きました。
原爆が投下されてから2ヶ月後に撮影されたフィルムには、生き生きとした表情で俵みこしを担ぐ大人たちの姿がありました。その背景には、爆風で吹き飛ばされたのか、外壁が崩れた建物が映っています。
末田武雄さん
「想像できんのう…。その年にしちゃあ若いもんが…みな若いね。見覚えのあるような顔もないのう。あんなに若い人がおったかどうかが気になる」
当時4才だった末田さんにこの年の祭りの記憶はありません。「たしかに祭りがあった」ことは、亡くなった末田さんの兄・覚さんが20年前に証言しています。
末田覚さん(2004年取材)
「昭和20年はこの辺の秋祭りが10月19日でした。俵もみはあったんですが、その当時私の父が出征してまだ帰って来ないもんですから、町は賑やかであったがうちがたはちょっとさみしかったという思い出があります」
その後出征から戻ってきた父や覚さんの影響もあって、末田さんは物心がつく前から地元の祭りに参加してきました。
爆心地からおよそ2.5キロの己斐のまちは、かろうじて焼失を免れました。末田さんには4歳の夏の断片的な記憶が残っています。
7月末、自宅の縁側にいるときに墜落していく飛行機を目撃しました。
末田武雄さん
「あのとき空襲警報になっとったんじゃろうのう。家でむしろをかぶってこうやって見よった。ずっと上がったところへ茶臼山…小茶臼いうのがあってね。あの上をすーっと落ちた。尻から煙をすーっと吐きよったね」
8月6日のことは特に鮮明に覚えています。
末田武雄さん
「友達と遊びに行っとるときに原爆におうた。目の前がばーっとオレンジ色になってね。一呼吸置いてぶわーっと爆風が吹いた」
自宅には、黒焦げになった兵士が避難してきました。
末田武雄さん
「4、5人じゃったかね…輪になってねあぐらをかいて、みな座っていた。ものも言わんかったのあのとき。お椀かぶったような姿で。おでこから下は黒い、ここから上は焼けとらん。あれはよう覚えとる」
自宅のすぐ前の道路には市内中心部から郊外に向けて逃げる人が列を作っていました。
末田武雄さん
「やけどしたりけがした人がとっととっと上へ向けて逃げていった。ぞろぞろ歩く沢山の人が行ったよ。」
その数日後から町内には強烈なにおいが充満したと言います。
末田武雄さん
「えらいくさいと思っても1日じゃ終わらんかった。今だに鼻につくあの匂いが。表現しにくいが魚焼く匂いとは違うね…。かなりの期間じゃったというのは覚えとる。そりゃそうよね、あそこで何日も焼いたんじゃろうけ小学校で」
避難所となっていた己斐小学校やその近くでは3000近い遺体を数日間にわたって焼いたと言われています。
俵もみが行われたのは、その、たった2ヶ月後でした。
末田武雄さん
「(その当時)やっぱり何とかしようというのがあったんじゃろうの」
記者
「己斐では祭りが大切にされてきていたんですね」
末田武雄さん
「そりゃもうずーっと昔からね。それこそわしらが中学校くらいまではほんまに一生懸命やりよった」
今年は、町内の専門学校に通う生徒たちも氏子として参加しました。
参加した専門学校の生徒
「楽しいです。(神輿は)重たいです。」
祭りに参加した地域の住人
「みんな盛り上がって。楽しくこうやって盛り上がって一緒にやってくれることで(祭りが)つながっていけばいいなと。じいさんたちが僕らにつなげてくれているんで、僕らもつなげていかないと。」
白いシャツに、白い足袋。己斐本町地区は昔と変わらない形で大人がみこしを担いでいます。
ただ、他の地区ではみこしの担ぎ手不足が深刻で、時代とともに規模が小さくなった地区もあります。
末田武雄さん
「さみしいがそれが時代でしょう。平和よね。いろんな楽しみが増えたということでしょう。昔は祭りしかなかったわけじゃけえ」
記者
「だからこそ79年前の祭り、一生懸命やりたかったんでしょうか」
末田武雄さん
「かもわからんね。あれだけの人数が集まったのが不思議だ。」
壊滅した市街地のすぐそばで開催された秋祭り。その映像からは、復興に向けて前を向こうとする人々の力強さが感じられます。
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