広島のまちづくりについて考える「進化するマチ」。これまでは、広島駅など現在進行形のまちづくりについてお伝えしてきましたが、きょうは未来についてです。被爆から100年となる2045年を見据え、これからの都心のあり方を若者が中心になって考える共同研究がスタートしました。

小林康秀キャスター
「かつて旧市民球場だったこの場所は、ゲートパークへと変わっています。あちらに原爆ドームの屋根のアーチだけが見えますが、被爆直後、このあたりは、こんな様子でした」

被爆からおよそ2ヶ月後の映像です。かつてこの近辺にあった護国神社の鳥居が倒れずに残っていました。1945年8月6日、人類史上初めての原子爆弾により廃墟と化した広島。復興は困難を極めましたが、1949年に「広島平和記念都市建設法」が制定され、その年に募集された平和公園の設計は、世界的な建築家丹下健三さんが30代の時コンペで勝ち取り、中心部の都市計画が大きく動き始めます。丹下さんは学生時代に広島で過ごしていました。

丹下健三さん(1979年)
「大変広島とは縁が深く第二の故郷のような感じで受け止めています」

丹下さんのグループが描いた平和公園のパースでは、慰霊碑がアーチ状であるなど姿が違う部分はありますが、平和公園の中心と原爆ドームを結ぶ「平和の軸線」と呼ばれる作りになり街を貫く背骨が伺えます。100メートル道路や中央公園などが整備され、今日の国際平和文化都市・広島が形作られました。

小林康秀キャスター
「きょうはこれからの広島のまちづくりを考えるシンポジウムのキックオフイベントが、ひろしまゲートパークで行なわれています」

この取り組みは、日本都市計画学会中国四国支部と広島市、民間企業などが連携した共同研究です。学生を主体とし、被爆100年に向けた都心のまちづくりの「総仕上げ」を目指しています。

学生たちの声
「フラワーフェスティバル!」「ああ、広島らしい」

まず学生たちは、空間や、交通など「広島らしさ」を次々に書き出してこれまでのまちづくりの理念や価値を改めて再確認していました。

学生
「河川空間にカフェがあるなと思います。自然だけじゃなくて飲食店と上手に融合しているのが広島のいいところ」
学生
「都会過ぎない、街としては栄えている割に落ち着いている印象、これは水、緑に関わってくると思う」

企業や行政に携わる社会人からもまちづくりのヒントを聞きました。

行政関係者
「特に空間、緑は被災してすべてがなくなった、原爆ドームから2キロ圏内すべて、そこから復興を遂げた都市は他都市と比べても広島唯一無二な復興する力がある」
交通関係者
「交通のあり方で街の作り方が変わる。路面電車も含めたそれそのものが広島らしさを作っているというところが結構面白い」

広島電鉄の駅前大橋ルートの新設で、廃線となった猿猴橋ルートについても話題となりました。

学生
「その空間を官民連携すれば人が訪れるポテンシャルを持っていると思う構造が変わってくる中で、「余白」をどうするかということかと思います」

最後に会場のモニターに映し出されたのは、ドローンから生中継された広島市中心部の街並みです。この映像を見ながら、専門家が話し合いました。

山口大学 宋俊煥教授
「背骨となる軸があるということはこれから広島らしさを作っていく上で非常に重要な資産」
福山市立大学横山真 准教授
「これだけの緑が都心部に残っていることは非常に環境的に大きな意義があるなと思っています」

大学院生
「緑多いなくらいは感じるけど、俯瞰してみるといろんな事ができる可能性がある余白があるということはすごいことなんだと思いました」
大学生
「平和の空間がもう少し当たり前のようになる必要があるのではないか。もっと話しを聞きたい」
大学院生
「学生と企業の方との関わりを強固にしていって共同研究でも結果を示したい」
広島大学田中貴宏教授
「新たな価値を含めて都市の余白を位置づけてどのように使っていくのか、活用していくのか考えていきたいと思います」

今後は、まちづくりに関わる関係者の説明を受けながら、1年かけて研究を実施。学生たちの目線で、街の未来を描いていきます。