広島で被爆した93歳の女性が、子どもたちなどに被爆体験を伝える証言者として歩み始めました。話を聞きに訪れた80歳下の子どもたちに伝えたいこととは。
廿日市市に住む93歳の大橋和子さん。ガンを患い4度の手術を乗り越え、12日、広島市の「被爆体験証言者」として史上最高齢のデビューを迎えました。
大橋和子さん
「もうあと何年も生きれはしません。いつ話せんようになるかわかりません。今のうちに、できるだけひとりでも多くの方に話しておきたい」
修学旅行で訪れた鳥取県の小学生を前に、81年前の出来事を語ります。
1945年8月6日 大橋さんは爆心地近くで被爆
1945年8月6日。当時12歳の大橋さんは、爆心地からおよそ1.5kmの場所で建物疎開の作業をしていました。飛行機に気がつき友人と上空を見上げたとき…
大橋和子さん
「空を見上げた途端、“ピカー”っと光り、少し間を置いて“ドーン”と大きな音とともに、あたりが真っ暗になりました。友達は、両手にがれきを持って、仁王立ちのようにまっすぐ空を見上げていましたので、即死だったと思います。私はその子の後ろ影から空を見上げたので『その子のおかげでいまも生きているんだ』と、毎日その子に感謝しながら生活しています」
その後、学校に戻る途中、水たまりの水を飲もうと水面に顔を近づけたとき、水面に映し出された自分の顔は「目・鼻・口がどこにあるかわからない、本当に悲惨な姿だった」と話します。
顔や腕にはケロイドが残り、「死にたい」と思うことが何度もあったという大橋さん。家族のことを思い出し、思いとどまりました。
これからを生きる子どもたちに伝えたいことは
81年前の経験を通して、大橋さんは、子どもたちに訴えます。
大橋和子さん
「皆さん、戦争は絶対にしてはいけません。戦争は人間が人間でなくなるんです。理性も知性も判断力も理解力も何にも無い、洗脳された人間のかたちをした“モノ”になってしまうんです。皆さんの将来はどんな世の中が待っているかわかりませんが、戦争だけは、阻止してください」
講話を聞いた児童たちは…
米子市立車尾小学校6年 渡邉結芽さん
「どんな状況だったのかをきょうの話で知られてよかったです。二度と戦争はしてはならないということを、自分も大切にしたい」
米子市立車尾小学校6年 齋藤采美さん
「平和の大切さや家族と友達と過ごす当たり前のことの大切さについて、もっと深く知りました」
大橋さんは、これからも力の限り、あの日の記憶を伝えます。
















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