サンフレッチェ広島の初代総監督を務め、クラブの礎を築いた今西和男さんが亡くなりました。85歳でした。

1941年に広島市で生まれた今西さんは、舟入高校、東京教育大学を卒業後、東洋工業=現在のマツダに入社。サッカー部のディフェンダーとして活躍し、日本代表にも選ばれました。Jリーグ発足の際には、サンフレッチェ広島の創設に尽力し、初代総監督も務め、クラブの基礎を築きました。4歳の時に原爆に遭った被爆者でもあります。

今西和男さん「大学の4年間以外はずっと広島で育ったわけですから、自分の郷里であり、大切な街なんですね。本当にサンフレッチェが生まれたのも広島の皆さんのおかげだと思ってるし、これからサンフレッチェのことも支えていただけるものと思います」
今西さんがその才能を見出した日本代表の森保一監督は、次のようにコメントしています。
森保監督のコメント
「今西さんの訃報にふれ、心よりお悔やみを申し上げます。今西さんには言葉では表すことができないほどたくさんのことを学ばせていただき、そして成長させていただきました。サッカー選手や指導者としての立ち振る舞い以前に、社会人として人前に出て恥ずかしくないように、人としての根本的なことを教わりました。

「サッカー選手である前に良き社会人であれ」を肝に銘じてこれからも生きていき、指導にも生かしたいと思います。これまで日本のために、そして日本サッカー界のために本当にありがとうございました。今夏のワールドカップも日本一丸で世界に挑み、今西さんが天国で誇らしく思えるようなサッカーをお見せできるよう邁進します。どうか安らかにお眠りください」
今西さんは、16日の未明、肺炎のため亡くなったということです。
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