サンフレッチェ広島の初代総監督を務め、クラブの礎を築いた今西和男さんが亡くなりました。85歳でした。

1941年に広島市で生まれた今西さんは、舟入高校、東京教育大学を卒業後、東洋工業=現在のマツダに入社。サッカー部のディフェンダーとして活躍し、日本代表にも選ばれました。Jリーグ発足の際には、サンフレッチェ広島の創設に尽力し、初代総監督も務め、クラブの基礎を築きました。4歳の時に原爆に遭った被爆者でもあります。

今西和男さん「大学の4年間以外はずっと広島で育ったわけですから、自分の郷里であり、大切な街なんですね。本当にサンフレッチェが生まれたのも広島の皆さんのおかげだと思ってるし、これからサンフレッチェのことも支えていただけるものと思います」

今西さんがその才能を見出した元日本代表の久保竜彦さんは、RCCの取材に対して次のように話しました。

久保竜彦さんのコメント
「今西さんは、18歳で広島に来て適当にやっていた自分をちゃんと社会でやっていけるようにいつも見てくれていた。色んな人に色んなことを言われたけど、一番自分の中に入ってくるのは、今西さんの言葉だったり、顔だったり、態度だったから、今でも何かあると今西さんを思い出す。

定期的に「ちゃんとサッカーしてるか?」って電話をくれて、今年の1月か2月が最後だったと思うけど、サッカーの話をたくさんして、一緒に飲みたいなって、話した。悲しいけど、俺の中にはちゃんと…。今西さんみたいになれるわけないけど、後輩たちや子どもたちに、今西さんみたいに関わっていきたいと思ってる」

サンフレッチェの久保允誉会長は、「才能を見出し、愛情を持って育て上げる。揺るぎない情熱はクラブのDNAとして深く刻まれています。ご功労に深く感謝します」とコメントしています。

今西さんは、16日の未明、肺炎のため亡くなったということです。