「自分は、ただ空気を吸っているだけの無駄な存在だ」。かつて、そう自分を責め、暗闇の底で動けなくなっていた一人のアメリカ人男性がいました。 彼を救い出したのは、海の向こうからやってきた一台の「赤い日本車」――マツダ RX-7。 体を突き抜けるロータリーエンジンの鼓動とサウンドが、彼のなかの“楽しい”という感情を動かし始めます。

なぜこんなにも、この車は心を動かすのか。そこには、幾多の困難を乗り越えてきたマツダ、そして広島の街に宿る「不屈の精神(ネバーギブアップ)」の物語がありました。

「恋に落ちた」ロータリエンジン車集う アメリカのカスタムショップ

アメリカにあるカスタムショップに集まった十数台の車。そのほとんどが、ロータリーエンジン車です。

ロータリーエンジン車を所有する男性
「俺は18歳の頃からロータリーエンジン車と一緒だ。一緒になって40年になる」「ただ恋に落ちてしまった。サウンドスピード車の見た目にハマってしまった」

ロータリーエンジン車を愛する人たちの集い、「ロータリー・スピリット」。自慢の愛車を見せあって情報交換を楽しんでいます。

相棒は赤い“RX-7”

このイベントの主催者が、ジェフリー・ジョーンズさん。ジェフさんの愛車が、赤いRX-7です。ジェフさんはいま、この車にまつわる物語をみんなに知ってほしいと、「映画」の自主制作に挑んでいます。

去年11月。取材のため、広島にやってきたジェフさん。通訳兼カメラマンの矢口翔大さんは、映画制作のパートナーです。ふたりは、新しくなっていく広島の街を歩いていました。

取材のため、彼らが訪れたのがマツダミュージアム。マツダは世界で初めて、“不可能”と思われたロータリーエンジンの量産化に成功しました。ジェフさんは、多くの従業員を原爆に奪われたマツダが、さまざまな困難に立ち向かい「不可能を乗り越えてきた過程」を描こうとしています。

その主役の一つが、RX-7です。

「世界中のどこにいてもRX-7を見るたびに快適な気持ちになるんだ」

「自分は無価値」過労でうつ病に…自ら命を絶とうとした

1988年に、アメリカ東部ニュージャージー州で生まれたジェフさん。子どもの頃から、車が大好きでした。

ジェフさんの父・ジェフリーさん
「彼は昔からずっと車に夢中だった。ミニカーから実車まで、とにかく車が大好きでね」

2013年、大学で出会ったジュリアさんと結婚。IT企業に入社したジェフさんは、妻と生まれた子どもたちのため、営業マンとして必死に働きました。しかし…。

ジェフリー・ジョーンズさん
「ただ働き詰めの日々。他人の期待に応えようと、特に上司やクライアントを喜ばせようと、過剰に働いていたんだ」

ジェフさんの妻・ジュリアさん
「ときどきベッドから起き上がるのが難しそうだったり、長く横になっていたりする日があったの。彼が口にする言葉があまり良くない内容になってきて、私は彼をとても心配していたわ」

2019年、うつ病と診断されたジェフさん。真っ暗闇の中から、這い上がれないでいました。そして、自ら命を絶とうとしたといいます。

ジェフリー・ジョーンズさん
「自分が無価値で、失敗作で間違いのような存在だと感じていたことは覚えている。自分は“空気を吸っているだけの無駄な存在”だってね」

ロータリーエンジンの振動が振るわせた“楽しい”という感情

しかし2020年、転機が訪れます。偶然見ていたオンラインコミュニティで、RX-7と出会ったのです。車の持ち主と交渉し、現物も確認しないまま、購入を決めました。

車が届いたのは、夜中の11時半から12時頃。ナンバープレートも保険もまだなのに、ジェフさんは一晩中走り回ったといいます。

ジェフリー・ジョーンズさん
「とても美しい経験だった。一時間くらいただ周りを運転したんだ。妻は『早く帰ってきて』って言ったけど運転を止められなかった」

体を突き抜けるように響く、ロータリーエンジンの振動と、サウンド。走るうちに感じた「楽しい」という気持ちが、絶望の淵にあったジェフさんの心を動かし始めます。

ジェフさんは、マツダやRX-7に関する本や資料をいくつも読み、広島とマツダの歴史や人々について、熱心に学びました。そして、あるフレーズにたどり着きます。

「ネバーギブアップ(決してあきらめない)」。

自ら奮い立たせた“Never Give Up”を多くの人へ

ジェフリー・ジョーンズさん
「RX-7のことを学ぶうちに、この車を設計し、開発した人々、そして広島の持つ“決して諦めない”精神を知った。僕に勇気をくれたように、この言葉は、多くの人々に勇気を与えられると思ったんだ」

ジェフさんは自らマツダにコンタクトを取り、何度も広島に足を運んで、取材を続けています。自らを奮い立たせた「決して諦めない」精神を、多くの人へ届けるために…。ジェフさんは愛車のRX-7と一緒に挑戦しています。

ジェフリー・ジョーンズさん
「僕が映画を作る目的は、他の人々が自分自身の“ボスとの戦い”、言い換えれば人生における困難に立ち向かうための助けになることです」

ジェフさんはドキュメンタリーのなかで、アメリカと密接に関わる原爆についても取り上げています。広島に原爆「リトル・ボーイ」を落とした飛行機、Bー29「エノラ・ゲイ」を取材し、被爆者とも直接対話することで、広島とアメリカという過去の戦争とも向き会おうとしています。

ジェフさんのドキュメンタリー「The Dream Engine」は、今年、オンラインで公開予定だということです。