広島市内の寺に安置されていた原爆死没者2人の遺骨が、広島市に引き渡され、新たに原爆供養塔に納められました。

光徳寺 僧侶・大藤寬通さん
「この度のお骨は、こちらの方へずっと置いてありました」

引き渡された遺骨は、中の布に書かれた情報から
▼豊田郡瀬戸田の青木長太郎さん、
▼神石郡古川町の田辺キクさんのものとみられます。

29日、広島市南区にある光徳寺から、広島市に引き渡され、原爆供養塔に納められました。

戦前からある光徳寺の納骨堂には、長らくお参りのない遺骨が数十人分あります。

光徳寺 僧侶・大藤寬通さん
「前住さんの代から、原爆で亡くなられちゃった方のご遺骨があるっていう形で安置してあって、どれがというのは把握してないのが現実です」

住職は8年前に亡くなり、戦前からの資料も原爆で焼けたため、詳細がわからないものも少なくありません。

光徳寺 僧侶・大藤寬通さん
「木箱みたいなものですよね。中、カタカタ言ってるから、(お骨が)入ってはいるけれど、たくさんじゃないっていう…」

納骨堂には手のひら大の箱の中に納められた遺骨も…

日焼けした色の布に包まれた、骨壺よりも明らかに小さい、手のひらに乗りそうな大きさの箱からは、カサカサ、カタカタと渇いた音が聞こえました。

Q.ガレキの中から見つかった、どなたかわからないご遺骨、ということ?
光徳寺 僧侶・大藤寬通さん
「今そのことを知っている人がいないので、もしかしたらはっきりご家族が持ってこられてる可能性もあるので、いい加減なことは言えないですけど、ガレキの中から出たモノを持って来られているんだろうな、というのは推測するしかないですよね、今現在では」

門徒が多く住んでいるのは、お寺のある皆実町・宇品地区。この地域以外の町の名前が書かれていたのは、今回広島市に引き渡した2人分の遺骨だけだったそうです。

光徳寺 僧侶・大藤寬通さん
「未だに問い合わせの電話がかかってくることがあるんですよね。もしかしたら、2人のお身内の方も調べられてる可能性もあるんで、このままここにあっても、誰にもわかりにくいかということで。広島市の方へ預ければ、名簿にきちっと載せていただけるかな、と」

広島市では、毎年、原爆供養塔納められたおよそ7万人の遺骨のうち、名前が分かっていながら遺族が見つかっていない遺骨の名簿を公開すると共に、全国の自治体に発送して、遺族を探しています。

広島市によりますと、原爆供養塔以外の場所に納められた遺族が判明していない被爆者の遺骨については、名前がわかっていても納骨名簿には掲載されない、ということです。

原爆供養塔に納められた、名前がわかっているのに遺族が判明していない遺骨は今回の2人を加えて813人となります。