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「かゆい」は軽くはない
「かゆいって、軽く見られがちなんですけど、本当にしんどいんですよね」。広島でオーガニックコットンブランド「marru(マアル)」を営む櫻木直美さん(54)は、そう静かに話します。その言葉の重みは、27年にわたるアトピーとの時間からきています。眠れない夜が続き、集中力を奪われ、人目が気になり、心がすり減っていく。痛みほど目に見えない分、周囲に伝わりにくい。それが、アトピーと共に生きる現実でした。
(特集「アトピーと暮らすということ-回復と再燃の間で」の全3回のうち1回目)
始まりは夜中ににじんだ血

始まりは1998年。横浜に住んでいた時でした。生後3か月の長女がアトピーを発症したのです。夜中、隣で眠る娘が、無意識に顔を掻きむしる。気づくと顔から血が出ていました。
「初めての赤ちゃんで、顔から血が出ているのを見たら…たまらなかったです」
病院で検査をしても、卵や牛乳など一般的なアレルゲンはすべて「ゼロ」。何も出ないのに、目の前にいる苦しそうな娘。櫻木さんを「アトピー」と書かれた本を買い集め、名医と聞けば、病院を訪ね歩きました。
30歳で自身も発症…「これは長丁場だ」

娘の発症から2年後、櫻木さん自身も30歳の秋にアトピーを発症します。顔が熱く、ヒリヒリし、一気に赤くなりました。
医師からは、「要因としてはハウスダストや花粉が関与している可能性がある」と言われたといいます。
「親子でなったということは、これは長丁場だなって」
病院に通うだけでなく、暮らしそのものを見直さなければならない。そう覚悟しました。
「私だけじゃなかった」共感に救われ

支えになったのは、育児サークルで出会った親たちとのつながりでした。
「夜中に掻くから、つい『掻いちゃダメ!』って怒っちゃう」。誰かがそう言ったとき、「私だけじゃなかったんだ」と救われたといいます。
「夜中に一緒に起きて手を握りながら、『あのママも今頃起きてるかな』って思えた。それだけで、全然違いました」
この”共感に救われた経験”は、後に櫻木さんが始める活動の原点となります。
宮古島で知った「回復する夜」

30代、食事療法にのめり込むも体調を崩した櫻木さんに、祖父が沖縄・宮古島での療養を勧めました。そこで驚くべきことが起きます。娘が生まれて初めて、朝まで一度も起きずに眠ったのです。
「薬を飲まなくても、良くなることがあるんだ」
先の見えない不安を大きく変えてくれました。
宮古島での療養を経て、長女の症状は大きく落ち着きました。横浜に戻ってから多少の波はあったものの、小学生になる頃には、日常生活で困るほどの症状はほぼ見られなくなりました。
思春期には部活動で汗をかくことで一時的に出ることもありましたが、現在は特に症状もなく過ごしています。
一方で、櫻木さん自身のアトピーは、波を繰り返しながら続いていました。2005年に広島へ移り住んで以降も、大きな浮き沈みを経験してきましたが、ここ数年は症状も落ち着き、比較的穏やかに過ごしていました。
しかし、一昨年の秋、30歳のときと同じような激しいアトピーが再燃します。50代で迎えた再燃。櫻木さんは、再び「選択」を迫られることになりました。
(第2回「50代で再び訪れたアトピーの“激しい再燃” 顔から汁がにじむ絶望 「何を着てもかゆい」救いとなったのは自ら作った“寄り添う下着”」へ続く)
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