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骨髄移植が教えてくれたこと

骨髄移植を経て、再びバレエの舞台と日常を取り戻した三木まりあさん(27)。看護師の道を選び、現在は骨髄バンクの普及に努めています。広島県の高校で開かれた講演会で、三木さんは自身の経験を「パズルのピース」に例えて語りました。(前編「13歳で白血病 無菌室で消えた夢」から続く)

急性白血病という大きな壁に直面した三木まりあさん。治療には、「骨髄移植」が必要でした。

造血幹細胞の型は非常に複雑で、きょうだいでも一致する確率は4分の1に過ぎません。三木さんは骨髄バンクの仲介でドナーを見つけることができました。腕からの点滴で骨髄液を受け取る治療を経て、彼女は徐々に回復していきました。

退院後、ウィッグをかぶって高校に復学。薬の副作用による外見の変化に不安を抱えての登校でしたが、友人や教師たちは温かく受け入れてくれました。

失わなかったバレエへの情熱

体力は落ち、思うように踊れない時期もありましたが、三木さんはバレエへの情熱を失いませんでした。

「自分が踊り続ける姿が、闘病中の子どもたちの希望になるかもしれない」

そして、新しい夢を持つようになります。

「闘病中の人に寄り添えるバレリーナになりたい」

医療と芸術を結びつけるため、彼女は看護師の資格取得を目指し、猛勉強の末にその夢を叶えました。

パズルのピースを集めるように

看護学部の実習で、三木さんが最も大切にしたのは患者とのコミュニケーションでした。「患者さんの立場を完全に理解することは難しい。でも、理解しようとする姿勢が大切」だと、自身の経験から学んでいたからです。

三木さんは、人生をパズルに例えます。バレエ、病気、看護、普及活動。最初はバラバラだった「点」が、今では一つの「線」となり、彼女の軸を形成しています。

「頑張ることは、未来の自分への投資です。今できる精一杯のことを頑張ってください。それは将来のパズルを完成させる、大切なピースになります」

広がる支援の輪

現在、三木さんは日本骨髄バンクユースアンバサダーとして活動を続けています。自身が運営するバレエ教室でもパンフレットを配布。イベントではバレエ公演と同時にドナー登録会を開催し、献血実施者66人、ドナー登録者21人という成果も上げました。

日本で輸血を必要としている人は1日3000人。献血や骨髄バンクへの協力に必要なのは、特別な技術ではなく、ほんの少しの時間と勇気だけです。

「その一歩が、誰かの『普通』を守ることにつながります」

前編「13歳で白血病 無菌室で消えた夢」から読む)