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「核抑止はフィクション」退任の広島県知事にインタビュー “原爆の日”のスピーチに込めた思いとは「核兵器廃絶は決して遠くに見上げる北極星ではない」  

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広島県の湯崎英彦知事は28日、4期16年の任期を終えました。知事として力を入れてきた施策の一つが平和問題です。ことしの平和記念式典での「あいさつ」で訴えた内容は全国的にも話題になりました。退任直前のインタビューで、核廃絶に向けた思いを聞きました。

「核抑止がますます重要だと声高に叫ぶ人たちがいます。しかし、本当にそうなのでしょうか」(2025年8月6日・平和記念式典「知事あいさつ」より)

ことし、湯崎知事による平和記念式典でのあいさつは、SNSなどで全国的に話題となりました。

「国破れて山河あり。かつては抑止が破られ国が荒廃しても、再建の礎は残っていました。国守りて山河なし。もし核による抑止が、歴史が証明するようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に見舞われます。概念としての国家は守るが、国土も国民も復興不能な結末がありうる安全保障に、どんな意味があるのでしょう」(同「あいさつ」)

広島原爆の日に核戦争の恐ろしさを世界に伝えた湯崎知事。感性に訴える内容は多くの共感を得ました。

湯崎英彦知事(インタビュー当時)
「映像制作などと異なり、『あいさつ』は形式が決まっていて、持ち時間も決まっている。もう言葉でしか思いが伝わらない。その中でどう印象的に耳に残る、心に残るものを作るかということになると、やはり、言葉選びが大切にになる」

湯崎知事が「原爆の日」を知事として初めて迎えたのは2010年でした。

「あいさつ」では、父親で広島大学の社会学者・湯崎稔さんの言葉を引用し、核兵器の恐ろしさを伝えました。

「核兵器は”人間的生の全体的破壊”をもたらすのです。これは広島大学の研究者として被爆の社会学的実態を調査していた私の父が爆心復元のために何十何百という被爆者を訪れて話を聞いた結果実感することとなった核兵器による破壊の現実です」(2010年「あいさつ」)

2009年、アメリカのオバマ大統領が「核なき世界の追求」を訴えたプラハ演説。世界に核廃絶の機運が高まったかに思えました。しかしオバマ大統領は同時に「核兵器が存在する限り、アメリカは敵を抑止するために安全・確実・効果的な核戦力を維持する」と語り、その後アメリカは臨界前核実験を実施しました。

湯崎知事
「当初は、どちらかというと核兵器の「非人道性」という点に焦点を当てた『あいさつ』を作っていた。皆さんにそれを聞いてもらって、『やはり原爆はいけない』と思ってもらいたかったが、『あいさつ』が単に式典のルーティーンになってはいけないと思った」

平和記念式典は被爆地・広島の思いを世界に届ける大切な機会。湯崎知事の『あいさつ』は核抑止論への批判を強めていきました。

「広島は、『理論』にすぎない『核兵器による安全保障』という神話を、『核兵器による地獄』という『現実』に転換する場所であります」(2015年「あいさつ」)

湯崎知事
「一歩でも、核兵器廃絶に向けた変化を生もうと思った時に、『核抑止』に焦点を当てて、そこに集中をしてメッセージとして出していく」

2016年のオバマ大統領による広島訪問、2022年のロシアによるウクライナ侵攻と“核による脅し”」。世界を取り巻く環境が変化するなかでも、「あいさつ」は核抑止論への抵抗を続けました。

「私たちはオバマ大統領が指摘したように、恐怖の論理、すなわち神話にすぎない核抑止論から脱却し、「核兵器のない平和」というあるべき現実に転回しなければなりません」(2017年「あいさつ」)

「そのような核抑止論者に私は問いたい。いまこのときも命を失っている無辜のウクライナの市民の責任をあなたはとれるのですか」(2023年あいさつ)

湯崎知事
「世界を見ると『核抑止』が安全保障の中心的な概念になっている。それをいかに打ち破っていくか。それを変えていくことが本当にコアの問題。近年はそこをとにかく伝えている」

「あいさつ」は、毎年8月6日が終われば翌年に向けた準備を始めたといいます。貯めたメモなどからコンセプトを決め、知事が自身で文章化しました

県知事による「あいさつ」は同じく平和記念式典で行われる広島市長の「平和宣言」とはどのような点で異なるのでしょうか。湯崎知事は、松井一実・広島市長が過去、平和行政をめぐって広島県と広島市の関係を「あんパン」に例えたのと同じ言い回しで説明します。

湯崎知事
「松井市長が言う「アンパンのあんこと皮」の話(※松井市長は9月の定例記者会でも「知事あいさつは“あんパンの皮”で『平和宣言』が餡にあたる」と発言していた)。やはり市は「あんこ」の部分であり、被爆の実相をいかに伝えるかが大切。それに対して県は、ある意味だと自由な立場にいるので、あんパンの外側の皮の部分なので、それをあげパンにしてもいいし、ベーグルしてもいい」

知事の「あいさつ」は自由形式で作ることができるため、その分だけ人々の感性に訴える表現ができるとしました。その上で、今後の県と市の役割分担については…

湯崎知事
「本当は(県と市で)完全に役割分担する必要は無いと思っているが、今はそういう役割分担でうまくいってる。ただ、それはまた変化する可能性があると思う。被爆者の皆さんがこれから減っていくということがあるから、そのなかで違うものにしていかなければいけないっていうことも起きるかもしれない。それはその時代の要請によって変わってくるのではないか」

記者「湯崎知事が『平和宣言』を伝える立場になればどのようなものに?

湯崎知事
「(笑)いやいやいやそれは…なったら考えます」

「力の均衡による抑止は繰り返し破られてきました。なぜなら、抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念または心理、つまりフィクション」(2025年「あいさつ」)

ことし知事が残した最後の「あいさつ」。そこに込めた思いを聞きました。

湯崎知事
「抑止というのは必ずしも武力のバランスのことだけを、指すわけではない。外交や国家の関係、それらを含めた広い概念の抑止を考えて、戦争・紛争を防いでいくということが重要。そこ(抑止力に)に核兵器が入ってくると、あまりにも結末あるい結果が重大すぎる。それが「国守りて山河なし」ということ。広い概念の抑止を是認したとしても、そこに核という要素は取り除かなければいけないということだと思います」

「核兵器廃絶は決して遠くに見上げる北極星ではありません。
被爆で崩壊した瓦礫に挟まれ身動きの取れなくなった被爆者が、暗闇の中、一筋の光に向かって一歩ずつ這い進み、最後は抜け出して生をつかんだように、実現しなければ死も意味し得る、現実的・具体的目標です。
諦めるな。押し続けろ。進み続けろ。光が見えるだろう。そこに向かってはっていけ。(※)
はい出せず、あるいは苦痛の中で命を奪われた数多くの原爆犠牲者の無念を晴らすためにも、我々も決して諦めず、粘り強く、核兵器廃絶という光に向けてはい進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうではありませんか」(2025年「あいさつ」)
※2017年12月10日に行われたノーベル平和賞授賞式でのサーロー節子氏のスピーチを翻訳。日本語訳は広島県による翻訳であり、英語原文の著作権はノーベル財団に帰属する。

湯崎知事による「あいさつ」。その思いは将来にわたって世界に継承されていきます。

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