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これは戦後、お好み焼を広島のソウルフードに育て上げた“みっちゃん”こと井畝満夫さんの物語である。
2024年7月、みっちゃんは91年の生涯を閉じました。
秋にはホテルでお別れの会が開催され、約千人が参列しました。
会場の入り口には「みっちゃん」ののれんがかけられました。祭壇はお好み焼とヘラの絵で飾られました。会場には3枚の鉄板が持ち込まれ、「みっちゃん」全店舗の店長が来場者にお好み焼を振る舞いました。
「味は努力」。それがみっちゃんの座右の銘でした。
一枚一枚、心を込めて焼く。
神経を研ぎ澄ませて、お客さん一人一人と対峙する。
その心意気が、キャベツの甘み、麺のうまみを最大限に引き出しました。
使っているのは安い食材でも、それをごちそうに変える魔法をみっちゃんは見つけました。
お好み焼は広島のソウルフード。そう言われますが、できたのは前の戦争が終わってから。つまり80年もたっていません。
いま日本中、世界中の人が広島に来て、お好み焼を食べて帰ります。
お好み焼を食べるのは、名物だから? おいしいから? もちろんそれもありますが、きっとそれだけではありません。
お好み焼に込められたエネルギー、生きる力。みんなはそれを食べたいんじゃないでしょうか。私たちが本当にほしいのは、お好み焼が持っている、立ち上がる力、あきらめない力、明日に向かって動き出す力、なのかもしれません。
原爆投下後のがれきの中から身を興し、生涯お好み焼を焼き続けた井畝満夫、通称みっちゃん。
みっちゃんの作ったお好み焼は私たちの普通の日常をどれだけ明るくしてくれたことでしょう。
さあ、いい感じに焼けてきました……
ソースの匂いが鼻をくすぐりますね……
鉄板でそのままいっちゃいますか……
じゃあ、このヘラを使ってどうぞ……
はふっ、はふっ! 熱かったですか? そんなに慌てないで。ゆっくり食べてもらって全然構いませんからね……
みっちゃん、今日もこの空の下、みんな「おいしい」「おいしい」って食べてくれてますよ。
そんな「おいしい」「おいしい」ってお好み焼を食べられる毎日が、世界中で、ずーっとずーっと続きますように。
(腹のなる音)
あー、私も、お好みたべたい!(完)
■作・演出 清水浩司
■朗読 二階堂 和美


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