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これは戦後、お好み焼を広島のソウルフードに育て上げた“みっちゃん”こと井畝満夫さんの物語である。
(静かにキャベツを切る音)
みっちゃんは朝、誰よりも早く店に来てキャベツを切るのが日課でした。
いつもの静けさ。いつもの牛刀。切り方ひとつでキャベツの味は変わります。
それは50年以上変わらない、みっちゃんのルーティンでした。
(タバコに火を点けてふかす音)
タバコはショートホープ。ヘビースモーカーなのは昔から。
(また静かにキャベツを切る音)
だけど、今日はあまり元気がないみたいです。
生涯をお好み焼に捧げたみっちゃん、その人生の終盤を大きな悲しみが襲いました。
お店を継ぐために戻ってきた長男の雅一(まさかず)さんが四十代の若さでこの世を去ってしまったのです。病気が見つかった時には、すでに手遅れでした。
みっちゃんは80歳手前で、大事な息子とお店の跡取りを同時に失くしてしまったのです。
考えてみれば、いろんなことがあった人生でした。楽しいことも、つらいことも、どちらもあった人生でした。
家族全員、ひとりも欠けることなく満州から戻ってこられた。
最初は貧乏だったけど、生活も豊かになっていった。
自慢のお好み焼を多くの人に好きになってもらえた。
今日まで平和に生きてこられた。
だけど、息子に先立たれてしまった……
広島の街もいろいろありました。
原爆ドームと厳島神社が世界遺産になって、たくさん人が来るようになった。
地下鉄はできなかったけど、アストラムラインが完成した。
カープもサンフレッチェも何回も優勝したけど、カープは日本一からずいぶん遠ざかっている。
最近は異常気象が当たり前になって、豪雨災害がしょっちゅう起こる。
池田勇人さん、宮澤喜一さん、岸田文雄さん。総理大臣もいっぱい出た。
マザー・テレサさんが来た。オバマさんが来た。ローマ教皇も来た。
政令指定都市になった。平和記念都市になった……
(再びキャベツを刻む音、お好みを焼く音)
嬉しかったこと、打ちのめされたこと、これ以上もう進めないと思ったこと。そうしたすべての出来事の裏に、私たちの生活がありました。時に鉄板を囲んで笑い、乾杯し、悲しみの中でも暖簾をくぐってヘラを握りしめました。
戦後、広島と共に歩んできた、私たちの日常、私たちのお好み焼。
大丈夫、みっちゃん。ゆっくりでええんよ。
みんなもこうして、少しずつ、笑えるようになってきたんじゃけえ。
■作・演出 清水浩司
■朗読 二階堂 和美


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