PR
これは戦後、お好み焼を広島のソウルフードに育て上げた“みっちゃん”こと井畝満夫さんの物語である。
(蝉の声)
1945年8月6日 8時15分、広島。
満州にいたみっちゃんは「その瞬間」に立ち会ったわけではありません。
しかし、原爆投下後の広島で屋台に立っていたみっちゃんにとって、そのかなしみとくやしさは身近なものでした。
復興が少しずつ進んでいた夏のある日、見慣れない女性が店を訪れました。
みっちゃん)「いらっしゃい。ひとりでも大丈夫ですよ。おまえら、ちょっと寄って」
(ヘラが鉄板を叩きお好み焼を作る音。焼ける音。隣では若い男たち3人がにぎやかに話している)
男性客A)「早う食ええや。わしが食うちゃろか」
男性客B)「いま食いよるんじゃけえ。あつっ!」
男性客C)「ギイチは猫舌じゃけえのぉ」……
みっちゃん)「はい、ソバ肉玉1丁。ヘラでどうぞ」
女性客)「・・・(消え入りそうな声で)なんで?・・・」
みっちゃん)「えっ?」
女性客)「・・・なんでなんかね?」
(ジュージューお好みが焼ける音)
男性客A)「のう、これからカープでも見に行かんか」
男性客C)「最近全然勝てんけぇおもろないわ」
男性客A)「そんなこと言うなや。闘志なきものは去れ、じゃ!」
男性客C)「おまえこそ去れや」
(ワイワイと笑い声続く)
女性客)「(独り言のように)・・・ほんまにねぇ、なんでなんじゃろ?」
(ヘラの音、お好みの焼ける音)
女性客)「・・・なんで、うちのとこだけが・・・なんで・・・なんでなん?」
みっちゃん)「・・・」
女性女)「・・・お母さん、なんかしたかね。(声が震え、嗚咽がはじまる)お母さんがアホやったからいけんかったんかね。なんで
(再び盛り上がる男たちの声)
女性客)「・・・みんな元気でええなぁ(ヘラを動かし食べはじめる音)」
男性客B)「あー、腹一杯。これで明日も働けるわ」
男性客C)「日本の未来のためわしらが頑張らんと」
男性客A)「そうよ、お好みパワーで頑張るでぇ。のう、みっちゃん!」
みっちゃん)「おまえら・・・シャンとせえ! ほんまに、もっとシャンとせえや!」
(静かにヘラでお好みを食べ続ける音)
女性客)「ごちそうさま。お好み、おいしかった」
(風鈴のような音が響く)
一瞬で奪われた、たくさんの命。
涙もさびしさも見えません。
本当は言いたかったことも、あったはずの未来もわかりません。
この街が背負うことになった、永遠に終わらない「なぜ?」「どうして?」――。
広島に今年、80年目の夏が来ます。
■作・演出 清水浩司
■朗読 二階堂 和美


PR
新着記事
ランキング
※毎時更新、直近24時間のアクセス数を集計しています。
PR
コメント (0)
IRAWアプリからコメントを書くことができます!!