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これは戦後、お好み焼を広島のソウルフードに育て上げた“みっちゃん”こと井畝満夫さんの物語である。
広島のお好み焼が今の形になったのは「みっちゃん」が最初と言われています。
店を開いた父・井三男(いさお)さんが出したのは一銭洋食。小麦粉を溶いた生地に、かつお節、紅ショウガ、とろろ昆布など、わずかな具材を乗せて焼いたもの。当初はおやつ感覚の食べ物でした。
しかし町の復興のため働く肉体労働者はそんなものではお腹が膨れません。
アイデアマンの井三男さんとみっちゃんは、そこにキャベツを入れ、モヤシを入れ、ネギを入れ・・・。さらに「金は出すけえ、肉入れてくれ」「卵も入れてくれ」といった声に応えて、さまざまな具材を追加しました。
そして、今の定番であるソバの投入・・・いわゆる「そば肉玉」の完成です。
男)「あのぉ、すいません、これにお好み焼と焼きそば、入れられるだけ入れてもらえません?」
店に現れたのは爽やかな若者。手に大きな寸胴を持っていて、ビックリするくらいハンサムです。
みっちゃん)「お客さん、どっから来たん?」
男)「僕ら東京から芝居で来たんです」
みっちゃん)「作るんは別にええけど、一人で持って帰れるん? すごい量になるで」
男)「じゃあそれ一緒にしちゃってください。僕の生まれた九州にはモダン焼きって食べ物があって、お好み焼と焼きそばが一緒になってるんです」
みっちゃん)「ふーん。重ねてええんか? うちの鉄板はちっちゃいけえ、重ねてええんなら助かるけど……」
若者はお好み焼と焼きそばをいっぱいに詰め込んだ寸胴をひょいと担いで言いました。
男)「僕、映画スターになるんで絶対憶えといてください!」
みっちゃん)「お、おう。お好み焼と焼きそばを重ねる・・・これアリかもしれんのぉ」
アクションスターを夢見る俳優と、メニューの改良に夢中なみっちゃん。この時期、若者はギラギラ燃えていました。街には出会いと刺激がいっぱいでした。
さて、そば肉玉も完成したし、ここから広島お好み快進撃開始!・・・の前に、みっちゃんの知られざる過去、気になりません?
■作・演出 清水浩司
■朗読 二階堂 和美


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