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焼け野原となった戦後の広島の街の復興とともにあったお好み焼…。
「お好みたべたい」は、作家・清水浩司さんによる関係者への取材とRCCに残る井畝満夫さんに関する資料などを基に構成・創作するオリジナルストーリーです。清水さんが取材を通して知ったあんな話、こんな話をWEBコラム「お好み ひとくちメモ」にしました。
お好み焼の老舗である「みっちゃん」は、もともとみっちゃんの父・井畝井三男(いせ・いさお)さんがはじめた屋台が最初でした。
日本の敗戦で満州から引き揚げてきた井三男さんは故郷の広島に戻ったものの仕事がなく、中央通りで一銭洋食の屋台を開きます。
当時の店名は「美笠屋(みかさや)」。
それは井三男さんが満州で営んでいた菓子店の名でしたが、なかなか客に覚えてもらえず、そうこうしているうちに井三男さんは体調を崩し、息子のみっちゃんが店を切り盛りします。
昭和28(1953)年、みっちゃんは立ち並ぶたくさんの屋台の中から自分の店を見つけてもらうため、店名を自らの愛称である「みっちゃん」に変更しました。するとこれが大当たり。
一気に客足を伸ばしたことで、それを見たまわりの屋台も次々と店名を「〇〇ちゃん」に変更していきます。麗ちゃん、いっちゃん、ふみちゃん……広島のお好み焼屋の名前の多くが「〇〇ちゃん」になったのも、みっちゃんがはじまりだったんですね。
(取材・執筆 清水浩司)
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