RCC東京支社報道制作部長が東京での取材メモを配信します。
広島の記者が東京で感じたコト。また東京から見た広島とは。
総理官邸 1月8日
新年早々、日本被団協の田中熙巳代表委員らが石破総理と面会した。
被爆80年のことしノーベル平和賞を受賞した被団協には大きな注目が集まりそうだ。
その被団協が掲げてきた大きなテーマが2つある。
ひとつは核兵器廃絶、そしてもうひとつが原爆被害への国家補償の実現だ。
核兵器廃絶は耳慣れた言葉だが、「国家補償」は受賞演説で繰り返し触れられたことで気づいた人も多かったのではないだろうか。
「もう一度繰り返します。原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい」
田中熙巳代表委員の予定外に付け加えたこの発言が印象に残っている人も多いだろう。
こうした発言についてSNSで「アメリカに要求すべき」「結局はカネか」といった反応が起きた。
これには残念な思いがする。
発言の真意について田中熙巳代表委員はこう説明した。
「国民は犠牲をがまんしなければならないという間違いが世界にはびこっている。日本だけの問題ではない。国民の戦争犠牲を作らないようにしないといけないという気持ちだった。」(日本記者クラブでの会見)
この説明は「国家補償」を要求する理由にまでは及んでおらずわかりにくい気がする。
せっかくならあらためて国内に向けてその意味するところを説明した方がよいのではなかろうか。
被団協は戦争遂行主体である国が責任を果たすのは当然だととらえる。
根底には戦争被害は国民がひとしく受忍すべしという「受忍論」への反発がある。
原爆被害への国家補償を行うことは、核戦争被害を国民に「受忍」させないと国が誓うことであり、「ふたたび被爆者をつくらない」ための大前提となるものです。
(日本被団協「原爆被害者の基本要求」1984年発表)
原爆被害への国家補償の実現は一般市民の戦争犠牲に対する補償にも道を開くとしている。
単なる補償金目当てと矮小化して理解されるのは悲しい。
「国家補償」の理解が進むことは「核兵器廃絶」の推進力となろう。
被爆80年のことし、被団協の思いが伝わる一年になってほしい。
新着記事
ランキング
※毎時更新、直近24時間のアクセス数を集計しています。
コメント (0)
IRAWアプリからコメントを書くことができます!!