広島市出身の被爆者でサッカー日本代表の監督などを務めた下村幸男さんが亡くなりました。94歳でした。

下村さんは1932年生まれ。旧制・修道中学2年生、13歳のときに、爆心地から約1kmの地点で建物疎開の作業中に被爆。多くの同級生を失い、自らは奇跡的に一命を取り留めました。

下村幸男さん
「まだ周囲に学校が倒れたら後片付けせずに残ってる狭いグラウンドで、2年上の先輩がサッカーの練習を」

戦後はサンフレッチェの前身にあたる東洋工業サッカー部でゴールキーパーとして活躍。1956年にメルボルン・オリンピック日本代表に選出。1965年に東洋工業の監督に就任し、4年連続でリーグ優勝を達成しました。また1979年には日本代表の監督に就任。日本サッカーの発展に貢献したことから、2015年にはサッカー殿堂入りしました。

関係者によりますと、下村さんは13日に亡くなりました。94歳でした。