県立広島第一高等女学校。81年前、この学校に憧れ蛍が描かれた校章を胸に、入学した多くの少女たちが原爆で命を奪われました。友を、夢を、家族を、そして青春を奪われた女学生たちの追憶です。原爆で大切な家族や家を奪われた女学生がいます。次の世代に語り続けるその原動力となっている思いとは。

「大変お世話様になりまして、ありがとうございます」。広島市に住む河田和子さん(94)。この日、自身の被爆体験を語るため、母校を訪れました。出迎えたのは広島皆実高校の生徒会です。

男子生徒
「今年は平和の大切さをもっと積極的に知り、思いをつなげていこうという思いで『語り継ぐヒロシマ』の活動を行っていきます」

広島皆実高校の前身が県立広島第一高等女学校(第一県女)です。皆実高校の生徒会は、先輩の被爆体験を聞き取り、地元の中学生とともに語り継ぐ取り組みを7年前から続けています。

「閃光が走ったのだけ覚えている」

河田さんは第一県女の女学生でした。81年前の8月6日。広島市西区の飛行機工場で動員中、午前8時15分を迎えました。

女子生徒
「被爆した瞬間に何が起こったかということは分かりましたか」
河田和子さん
「いやいや、全然わかりませんでした。閃光、赤いオレンジの閃光が走ったのは覚えているんですけど、皆さんよく『ピカドン』とおっしゃいますけど、ドンという音も聞こえていません」

逃げる途中、河田さんは大量の黒い雨を浴びました。

自宅は爆心からわずか500メートル

爆心地からわずか500メートルの自宅には、伯父と伯母、そして父もいましたが…

河田和子さん
「7日の日から私も行って掘り起こしをしたが、くすぶってる火が残ってるくらいで、遺体なんてものは一切ありませんでしたから」

偶然助かった母と共に、郊外にある疎開先へと逃れました。しかし、9月半ば、突然体調を崩します。

河田和子さん
「歯茎から喉から血が出て。2日もしないうちに胃から吐血し、腸から下血し、熱がものすごい高い熱が続いて、そのうちに髪の毛が少しずつ抜け始めたりして」

80歳を超えるまであの日の記憶

同級生など301人の生徒と教職員は原爆の犠牲になりました。原爆症を乗り越え、学校へ戻った河田さん。

しかし、その後、80歳を超えるまで、自身の体験を口にすることはありませんでした。

ただ、今は、次の世代に体験を繋ぎたいと考えています。

「もう届けるのは若者しかない。だから若い人たちに、自分がもしもそんな目に遭ったらどうだったかという、その想像を働かせてくださいって言ってるんでね。やっぱり語り継ぐしかないという気持ちが私はあるんですね」

「自分事」として考えるために

被爆体験をどうすれば「自分ごと」として伝えていけるのか。河田さんの証言を聞いた生徒たちも模索していました。

皆実高校の生徒たち
「もっと想像しやすいように、河田さんが説明してらっしゃた時に使える写真とかも何かあると思うけぇ、ちょっとそれを探して」

「聞くだけで終わらない、聞いたことを想像して、自分たちに何ができるのかをみんなが考えていこう」

そして7月24日。「語り継ぐ会」が開かれました。

「昨日まで普通に暮らしていたのに」

語り継ぐ会には、小学生から大人まで、80人が集まりました。

河田和子さん
「父、そしておじ、おば、亡くなりました。亡くなった瞬間も見ておりません。きのうまで普通の生活をしていたのに、次の日にはもういない」

自分ごととして考えやすいように、被爆体験以外の話も聞き出していきます。

中学生
「戦争中、楽しかったこと、楽しみだったことはどのようなことがありましたか」
河田和子さん
「地域のお祭りが非常に楽しかったですね。とうかさんには浴衣を着て」

会場の小学生からも

参加した子どもたちからも質問があがります。

参加した女の子
「河田さんが学徒動員で行っていたところで、具体的にしていた仕事はなんですか?」
河田和子さん
「仕事をした記憶がない。ということはもう資源がなかったんじゃないでしょうかね」

参加した男の子
「放射能を浴びた後に、病気などになりましたか?」
河田和子さん
「のどから、歯茎から出血をし始めまして高熱が出て。(母は)もう毎日朝から晩までドクダミ草を飲ませた。母の一念とドクダミ草のおかげで私は今の命があるんだと感謝と幸せを感じています」

「今が一番幸せ」

河田さんの思いを受け止めた子どもたちは―

女子児童
「実際に家族とかを失っても、絶対思い出したくもない経験を語ってくれて、自分もこれからみんなに語り続けていきたいと思いました」

河田和子さん
「今、ここまで生きてきて、何がいつがどんなときが幸せでしたかって質問してくれたんですよ。もう思わず、考えもせず、今が一番幸せっていってね。

いい人生をね、皆さんからいただいている、本当に」

81年前の記憶を未来へ。河田さんの思いが次の世代の心を動かしていきます。