まもなく迎える81回目の広島原爆の日。投下された原爆によって父と兄妹全員を失い、その8年後には後遺症とみられる病で母も亡くしたひとりの男性がいます。天涯孤独となった男性が80代になって話し始めた、あの日の記憶と次の世代に託す思いを取材しました。

内藤愼吾さん(87)は、広島市の被爆体験証言者として県内外の子どもたちへ当時の記憶を伝え、地元の高校生が被爆体験を絵で残す活動にも積極的に関わっています。しかし、自身の体験を語れるようになったのはほんの4年前でした。

「まさか明くる日に原爆が」前日に疎開先から広島に戻り…

内藤さんは6歳のとき、父と4人居た兄妹全員を原爆に奪われました。お墓には、1945年8月に亡くなった5人の名が刻まれています。1953年、母親も被爆の後遺症とみられる病に倒れ、14歳にして天涯孤独になったのです。

1938年、七人家族の三男として生まれた内藤さん。自宅は爆心地から1.7kmの現・広島市中区羽衣町にありましたが、戦況の悪化で、父と長男以外は現在の広島県廿日市市に疎開していました。

1945年、逓信局に勤めていた父が8月7日から中国・遼寧省へ出張することが決まります。戦局も厳しく「出張に行くと最後になるかもわからない」と、疎開していた5人は、父が中国に旅立つ前々日の8月5日、広島市内の自宅に帰りました。夜は久しぶりに家族全員で食卓を囲みましたが、内藤さんは「まさか明くる日に原子爆弾が落ちるとは思いもしなかった」と振り返ります。

偶然が運命を左右した 1945年8月6日の朝

1945年8月6日、兄2人は学校へと向かいましたが、学校が嫌いだった内藤さんは家に残り、弟と妹と、疎開先から持ってきた夏野菜で遊んでいました。ところが、そのうち弟と綺麗な紫色のナスの奪い合いになりました。

「弟に譲りなさい」と母親に叱られ、ふてくされた内藤さんは庭へ…ベンケイガニを追いかけ、防空壕の前まで来たときのことでした。

内藤愼吾さん
「私がベンケイガニを捕まえようとしゃがんだ瞬間に、爆弾が破裂した」

爆音とともに爆風に襲われ、防空壕の中へと吹き飛ばされたため、奇跡的に無事でした。爆風が止み外へ出ると、あたりは瓦礫だらけ。そして目の前には、崩れた家の下敷きになった弟と妹を助けようとする母・寿恵子さんの姿がありました。

弟と妹はなんとか母に救い出され、内藤さんは全身にやけどを負った父とともに、広島市を流れる本川の土手を通って、吉島にあった陸軍の飛行場まで逃げました。弟と妹、父は、そこで命尽きました。

内藤愼吾さん
「土手は大やけどを負った人がぞろぞろ歩き、幽霊の行列みたいだった」

思い出すのも辛い記憶 ”あの日”を語りはじめたきっかけは

内藤さんはこれまで過去を振り返ることが辛く、自らの体験を話す気にはなれませんでした。しかし、被爆から75年ほど経った2020年頃、平和学習をする若者のニュースが目に入りました。そのとき、被爆を経験した人々が高齢化して、減ってきていることを再認識したといいます。

80歳を超えていた内藤さんでしたが、このままでは伝える人がいなくなる…。意を決して広島市の「被爆体験証言者」に応募しました。しかし、証言者になるまでの道のりは容易ではありませんでした。

内藤愼吾さん
「被爆の生々しい状況を書くときや、おふくろが死んだときとか、どうしても筆が進まんようになったときがあったんです。『もう辞めた』と思いかけた頃に親父が夢に出てきてハッパが掛けられた。『お前なにしとるんか』と」

夢で逢った父に励まされ、被爆の体験をまとめた内藤さん。2022年に被爆体験証言者となり、自分の言葉で次の世代へ被爆の記憶を紡ぎ始めました。

後輩たちへ託す思い 81年前と同じ学校で

内藤さんは5月、被爆体験を証言するため、初めて中島小学校を訪れました。内藤さんは原爆が投下された1945年、中島小(当時中島国民学校)の1年生でした。

内藤愼吾さん
「『ドガーン』ものすごい大音響とともに、強烈な爆風で私は防空壕の中へ吹き飛ばされました。たった1発の原子爆弾で、なんの罪もない多くの人々が、一瞬にしてその尊い命を奪われてしまったのです」

目の前にいるのは、81年前に自分が通っていた学校の子どもたちです。核兵器による悲劇が二度と繰り返されない世界へ。「社会を動かすことができるのは、皆さんひとりひとりの若い力です」と、後輩たちに思いを託しました。

聴講した男子児童
「平和や戦争のことは学校の本などで沢山勉強しましたが、被爆者本人の思いはあまり書かれていなかったので、きょうその思いが聞けて良かったです」

聴講した女子児童
「戦争している国が沢山あるので、そのような国が無くなって欲しいし、核兵器を作る意味がない世界になっていけば良いなと思っています」

まもなく被爆から81年を迎える広島で、内藤さんはきょうも証言を続けます。