2026年4月に福山市立福山高校野球部の指揮官に就任した小田浩監督(62)。15年ぶりのブランクを乗り越え「福山市を驚かそう」を合言葉に、わずか4ヶ月で公立校を初の甲子園出場へ導いた名将の「誇り高き敗者」論に迫ります。
小田自身は名門・広島商業高校の選手として1982年に夏の甲子園で準優勝を経験。順天堂大学を経て最初の赴任先となった西条農業高校では礒部公一(元近鉄・楽天)がキャプテンを務める中、1991年に監督として学校初の甲子園出場を決めます。

1991年・夏 監督就任3年目で初の甲子園へ
海田高校でも初めて県ベスト4に進出、さらに2005年に創設された総合技術高校でも2011年の春のセンバツで同校初の甲子園出場に導きました。
その後は、公立の教諭ということもあり全校生徒が100人以下の加計芸北分校長や竹原高校などで校長を歴任。14年間、高校野球の指導からは離れていました。「私の中では区切りをつけていたので戻りたい思いは全くなかった。多分、野球関係者の皆さんも誰もまたユニフォームこの姿を見るっていうのは思っていなかったんじゃないかと思うんですけども…本当サプライズ」と62歳は振り返ります。
1点差の激闘となった準決勝の相手は校長をしていた市立呉。3年生との縁とは…
ことし、市立福山で15年ぶりに高校野球の指導者に復帰したもののブランクを感じる日々。「春の県大会は名前も顔も分からない状態。選手にメンバーを決めてもらって、サインも隣の子に教えてもらいながらサイン出してやってたようなところからのスタートだった。練習試合も最初5、6連敗からスタートして、春の県大会もコールド負け…。やっぱり錆びついているのかなと不安だったんですけど、本当に選手は立派ですよ」と57人の部員を称えます。
そして小田がおととしまで校長をしていたのが市立呉高校。高校野球の神様が用意した舞台はマツダスタジアムでの準決勝でした。春の県大会では2対9とコールド負けした相手。しかも試合直前の3日間、選手たちを待ち受けていたのは模擬試験。練習と並行して勉学に励む部員たちに監督は「こんなチームは県内にないよ。昼から試験を受けてしっかりリフレッシュして(準決勝を)やろう」と声をかけました。準決勝では市立呉に2点のリードを許すも、8回ウラに3点を奪い4対3で逆転勝利をおさめ、初の決勝進出を果たします。「市立呉の3年生は私が入学を許可した子です。(今年の準決勝で対戦するとは)因縁というか、長くやっているといろいろありますね」と笑みを浮かべました。
小田浩監督の母校・広島商業との決勝戦!強さは知っている。ワンチャンあるなら…
市立福山にとって初の決勝。相手は全国制覇7度の名門・広島商業でした。「(自分は)1番厳しい時代の“広商”を生き残った世代ですから。“広商”の夏の強さ、決勝の強さは誰よりも知っている。それは事実として(選手に)伝えた上で『でも高く見積もりすぎるなよ』と。3回まで0対2はどの試合でも受け入れてやるようにという声かけはしていたし、0対4、0対5になってもおかしくなかったのでむしろ上出来みたいな感じで(選手も)そういう思考でいてくれた」
そう指揮官が振り返る中、5回表に1点差に迫ると、6回に2点を奪い逆転。9回は1点差に迫られ、2アウト1.2塁のピンチも2番手左腕の岩本が粘り4対3で勝利。広島県85チームの頂点に立ちました。
「(終盤は)もう打てる手は打っていた。選手もベンチでは『とにかくタイブレークまではある』っていうことは考えていたんで意外としっかり地に足を着けてやってくれた。広島商なんで簡単にいかないというのは私よりも選手がしっかり分かっていたので良かったです。うちがワンチャン(優勝が)あるとしたらこういう展開かなと思っていたような展開になりました」と汗を拭いながらマツダスタジアムの接戦を振り返りました。
かつては準優勝も1回戦敗退も同じと思っていたが…イマは「誇り高き敗者」を目指す!

広島大会初優勝を果たした市立福山高校ナイン
市立福山高校・小田浩監督(62)
「最初にチームがスタートした時にとにかく**「誇り高い敗者になろう」と選手にも保護者にも言いました。私自身もかつては優勝しなかったら準優勝も1回戦負けも同じだっていうぐらい勝利至上主義でしたけど、全国3500~3600校ある中で負けないのは1チームだけ。そこを目指すことによって“見失うこと”とか“失うこと”もあるので『もうそこは目指しません』と。そのかわり(敗れる)3000数校のなかで『しっかり誇り高く負けられるチームを目指しましょう』。そして『謙虚に勝てるチームになりましょう』『欲深いんで“ついでに”勝ちましょう』と。それをずっと問いかけました。5月以降から練習試合をやりながら週を追うごとに手応えは感じていて(ベスト)16とか8とかは志せると思っていたが「(練習から)それで本当に誇り高く終わるの?」っていう問いを投げ続けてきた。生徒には『福山市を驚かす、優勝したら世間はひっくり返るぐらい驚くけども、俺はそんなに驚くことはないよ』**という感じの声かけはしていたので『ワンチャンいけるんじゃないか』という思いを選手自身が持ってくれた」
市立福山の初戦の相手は、夏の甲子園50勝に王手の近畿の名門に決定!
8月1日に福山駅から甲子園に向けて出発した選手たち。午後におこなわれた抽選会の結果、初戦は大会第6日の第4試合(午後6時30分開始予定)で奈良・天理との対戦が決まりました。
市立福山高校・小田浩監督(62)
「極端に初日とかになることを思えばバタバタでここまで来たのもあって(このくらいの方が)少し落ち着いて向き合えるのではないかと思う。(天理は)ビッグネームだし全国優勝も経験している高校。レベルの高い近畿の代表校だから胸を借りるつもりでいきたい。相手がどうのこうの言える立場ではないのでこちらがどれだけ地に足をつけて広島大会のような戦い方ができるかが大事。ふわっと入ったら一気にやられる。強い気持ちで入ってもやられるときはやられるけど『ふわっと入って後悔するよりはしっかり意識を強く』というのは広島大会後ずっと言ってきた。ナイターとか言い訳や逃げ道は作りたくないので、与えられたところでベストを尽くしたい」
2011年の春以来、15年ぶりに聖地・甲子園で指揮を執る小田浩監督。ただ総合技術高校の監督時代には、イマでも忘れられない激闘があった。(後編に続く)
【筆者プロフィール】
石田 充(いしだ・みつる) 中国放送(RCC)アナウンサー。2007年に入社。アナウンサーとして、広島東洋カープの2017年、2018年の優勝試合を実況。その他、Jリーグ(サンフレッチェ広島)、駅伝、ラグビーなどテレビ・ラジオのスポーツ中継を務めながらディレクターとして高校野球などのアマチュアスポーツを取材。ドキュメンタリー制作・撮影・編集もこなす。

1991年夏・西条農業監督時代の小田浩

西条農業の教え子のひとり・礒部公一(近鉄・楽天でプレー)

海田高校監督時代の小田浩

2005年に創設された総合技術ではゼロから礎を築く

総合技術監督時代にセンバツ初出場を決めた
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