「あのとき死んでいれば」
12年前、交通事故に遭い首から下が麻痺した女性がいます。シングルマザーで最愛の娘は小学6年生…。思うように動かない体に「娘の負担になるのでは」と思い詰めていました。その絶望から救ってくれたのは、娘からの意外な一言でした。
絶えない笑顔の裏に
広島県尾道市に事務所があるNPO法人。和やかに作業をするメンバーの中心には、車椅子に乗った女性がいます。福山市に住む藤井佳奈さん(51)です。
「『どうせ車椅子だからできないでしょ』と思っているほかの車椅子利用者たちに、できないことはない、工夫したらできると言うことを伝え、その夢を叶えるために活動しています」
笑顔が絶えない藤井さんですが、その裏には壮絶な過去がありました。
藤井さんを襲った突然の悲劇
12年前、シングルマザーだった藤井さんは、当時小学6年生の娘・莉子さんを一人で育て上げると、まい進していました。
そんなある日の帰宅途中、横断歩道を渡っていたときに、軽自動車にはねられました。突然の出来事でした。

藤井佳奈さん
「あともう一歩二歩で渡り切るというところを、左側の軽四自動車にはねられ、10m以上飛びました」
重症で病院に運ばれ、ICUで治療が続けられました。
日常は一瞬にして奪われました。
10日後、一般病棟に移るも
娘の莉子さんと再開できたのは、一般病棟に移った事故から10日後のことでした。
しかし…
藤井佳奈さん
「娘が『お母さん大丈夫?』という声をかけてくれたが、起き上がることもできない、両手で『おいで』としてあげることもできなかった」
藤井さんは頸髄を損傷し、首から下が麻痺して動かなくなりました。

動かない身体に思い詰め…
思い通りに動かない身体…
自分の存在が娘の負担になるのではないかと思い悩みました。
藤井佳奈さん
「つらすぎて『どうして死ななかったんだろう』と、思っていたときもあった」
それでも「娘の卒業式に行きたい」。その一心でリハビリをはじめます。

突きつけられた現実
厳しいリハビリを乗り越えて、卒業式にはなんとか出席できました。
ただ、うれしさと共に突き付けられたのは目を背けられない現実でした。

藤井佳奈さん
「娘の卒業式を見て涙が出てもティッシュもつかめなかった。何もできないことにすごくショックだった」
そんな、自身の身体と向き合いきれなかった藤井さんを変えたのは、最愛の娘の一言でした。
絶望を救った娘の一言
事故後、初めての外泊で莉子さんに車椅子を押してもらいながら外を歩いていたときです。
「莉子大丈夫?お母さん目立つよね?」と、周りの目が気にならないか尋ねました。すると…。
『お母さん何いいよるん、ここまで頑張ってきたんよ。むしろいろんな人に見てほしいわ』

莉子さんからの言葉が藤井さんを変えました。
「できないことを数えるより、できることを増やしていこう」
それから様々な挑戦を始めます。その一つが車の運転でした。
「もう一度娘を…」
「もう一度娘の送り迎えをしたい」。その一心で運転のリハビリを始めます。
今では専用のレバーなどを使って乗りこなしている車も、練習を始めた頃はトラウマがよみがえったといいます。
藤井佳奈さん
「車がやっぱり凶器というか、ぶつかられているので、自分が運転することがすごく怖かった。ただ、それよりまさったのは、『娘を迎えに行ってやりたい』という思いだった」

何度も何度も練習を重ね、駅に迎えにいった日。
「母さんすごい!」と喜ぶ莉子さんの姿は今でも忘れられません。
「諦めない挑戦」は他にも…

藤井さんは、「グリーンバード」という全国的なゴミ拾いチームを、初の車椅子ユーザーのリーダーとして福山市に作りました。
「ゴミ拾い」は、車椅子生活になった藤井さんにとってはできないと思っていたことの一つでした。ただ、自分がリーダーになったら「できる」に変わるかもと思ったといいます。
藤井佳奈さん
「私がリーダーになったら、福山の障害を持った人たちが参加できるよなって思って」
今では月に2度ほど、駅周辺などでゴミ拾いをしています。
藤井さんのチームは「誰でも参加できるゴミ拾い」として、発達障害や知的障害がある子どもたちも参加し、様々な人が自然に交流できる場になっています。
「できる」に変えて…

ほかにも障害のある人やその家族、だれでも楽しめる海水浴の場、「インクルーシブビーチ」を作る活動にもリーダーとして携わりました。
「障害のある子どもたちの家族や兄弟は、一緒に海に入ることができなかったりする」
参加した人たちからは、『いつも目だけの思い出だったが今年は写真を撮ることができました』とうれしいメッセージが寄せられたといいます。
期間限定の海水浴場でしたが、参加者の笑顔に手応えも感じました。
仲間と立ち上げた「笑幸やか」

こうした活動の輪を広げようと去年7月に立ち上げたのがNPO法人「笑幸やか」です。
「全部諦めないといけないのが、どうにか工夫したり情報があれば『できる』に変わるというのを伝えていきたいと思ったのがきっかけですね」
事務所があるのは尾道市の因島。月に一度、福山市の自宅から車で40分かけてこの事務所に出社しています。
この日は車椅子ユーザー同士で交流するイベントの準備をしていました。一緒に活動している仲間は藤井さんを古くから知る友人達です。
共に活動する仲間
「人に元気を与えてくれる。仲間として一緒にいれることに幸せ感じています」
「周りを巻き込む力がすごくて、この力を借りて感じながら動かしてもらっています」
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これからも続く「諦めない挑戦」

NPO法人の事務所も、藤井さんの活動を応援している会社が貸してくれています。
安西工業 安西修一代表取締役
「これからもどんどんやっていくので、佳奈をよろしくお願いします」
藤井さんは、ことしもだれでも楽しめる海水浴の場を作りたいと話します。
藤井佳奈さん
「来年もインクルーシブビーチをしてくださいと言われてるから、それを継続していくのが目標でやりたいことです」
藤井さんの「諦めない挑戦」はこれからも続きます。
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