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「80年前の私の体験は物語ではないわけです。現実にあった事実。私が実体験をした事実なんですね」
7月、ある日の広島。静まりかえった教室で、高校生が耳を傾ける中、静かに訴える女性がいました。
河田和子さん、93歳。13歳のとき、爆心地から2・5キロ離れた工場で被爆しました。話に耳を傾けていたのは、広島皆実高校の生徒たち。河田さんの母校・旧県立広島第一高等女学校の後輩です。
戦後80年の節目で、伝えたいことはあるか。ひとりの生徒からの質問に、河田さんはまっすぐ前を見据え、声を震わせ答えました。
「川の底から……道路の下から、亡くなった方たちのうめき声が、まだ耳から離れてはおりません。80年経っても、全然それを忘れることはできない状態で、今、おります」
80年前の8月6日。
当時、広島第一高等学校・通称“県女”の2年生だった河田さんは、学徒動員のため、朝早くから飛行機の部品を作る工場に出ていました。あの日の朝の情景を、いまも鮮明に覚えているといいます。
河田和子さん
「誰かがね、空襲警報解除だったのに、なんで飛行機雲がきれいに引いてるのって言うから、みんなさっと窓のほうへいった。な真っ青の明るいきれいな空に、飛行機雲がずーーーっと、B29が1機飛んでるわけ。おかしいねえって言って、みんな窓から離れた途端に、閃光だったんです。オレンジ色の閃光が走りましてね。危機一髪ですね。あっちをむいていたらみなさん大やけどをしたと思うんですけど」
間一髪、大きなけがはなかったという河田さん。帰宅しようとしましたが、自宅は市の中心部。爆心地から500メートルの大手町にありました。「帰りたい」と一緒にいた先生に訴えましたが「帰れるわけがない」と止められます。広島市中心部は、火の海だったからです。
道中、黒い雨も浴びながら、なんとか市外の疎開先へ避難した河田さん。そこで偶然、外出していて無事だった母親と再会します。しかし不思議なことに、何の感情も沸いてこなかったのだと言います。
幼少期の河田さんと母親
「母は驚いて私に抱き着いてきましたけど(自分は)生きてるからうれしいとかね、会えたとかっていう感情は起きなくて。ああ母がいるわって、それだけ」
自宅にいたはずの父親と叔父を探すため、市内中心部に入ったのは、翌日のことでした。
河田和子さん
「道路は足の踏み場もないくらい遺体がありましたから、またいでまたいで通る。今ならできませんけど、平気で、またいでね。そして、ひっくり返して……遺体をひっくり返して見たことだけは覚えてるんですけど、なんにも怖さを感じない。13歳ですよ」
家族を探し歩き、1ヶ月経ったころ。被爆間もない広島を台風が襲いました。昭和の三大台風の一つ「枕崎台風」です。
台風が去ったあとすぐ河田さんたちは自宅があった場所を訪れました。そこで目にしたのは、すべて流された跡に遺された、二体の骨でした。
「あんなにみんなが探して掘ったりして探したのに、枕崎台風のおかげできれいに流されてね。骨がふたつ、ちゃんとあったんです。持って帰って弔おうとした日に、私と母は本当に抱き合って、初めて泣いて泣いて、泣いて過ごしました」
今は、自身の体験を語る河田さん。しかし、80歳を超えるまで口を閉ざしていました。同級生など301人の生徒と教職員が、原爆の犠牲になったためです。
河田和子さん
「みんな、亡くなった。すばらしいお友達が亡くなりましたよ。さみしいですね。でも、原爆で亡くなった下級生にしても上級生にしても、素晴らしい未来があったと思うんですけどね」
しかし、そんな河田さんを動かしたのが、高校生でした。
「高校生が聞いて下さる質問の内容とかね、いろんなものがリアルに聞こえて。こんな若い幸せな人たちが、ここまで原爆のことについて一生懸命学ぼうとしているのに、私もお話しなければならないなと」
7月下旬。河田さんの姿は子どもたちの輪の中にありました。母校(旧第一県女・皆実高校)の後輩たちが、河田さんから聞き取った話を地元の中学生とまとめ、市民に発表する場が設けられたのです。
河田和子さん
「大やけどをしたり、手がなかったり、そしてひどいのは赤ちゃんが亡くなっているのに一生懸命あやしながらあの、お母さんが連れていらっしゃる…」
後輩たちとともに、およそ30人の市民へ被爆体験を伝える河田さん。小学生から高齢者まで、幅広い年代の方々が耳を傾け、中には涙ぐむ人もいました。
まもなく迎える、80回目の8月6日。今を生きる人たちに、河田さんは声を繋ぎます。
「戦争なんて絶対に起こしてはならない。これは私の絶叫です。ぜひ人間の尊厳を大事にして、この平和を、恒久の平和をつないでいっていただきたい。戦争は絶対悪だということを、私はずっと叫び続けております」
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