広島県三原市の高速道路で2022年11月、路上にいた2人をはねて死亡させたなどの罪に問われたトラック運転手の裁判が、2024年10月から広島地裁で行われました。複数の車両が絡み、事故発生時に逮捕者がいなかったことなどから責任の所在が明らかでなかった“事故”。2年の歳月を経て行われた刑事裁判の詳細を取材しました。
被害者遺族が参加した法廷では、命を思いやった被害者と、その命を奪った被告の過ちが明らかになりました。
▼前方の多重事故に気がつかず…2人死亡事故は深夜の高速道路で起きた
10月10日、広島地裁で初公判が開かれました。
起訴状などによりますと、福岡県久留米市に住む会社員の玉置真也被告(46)は2022年11月25日午後11時ごろ、広島県三原市の山陽自動車道上りの追い越し車線をトラックで走行。直前に発生した交通事故で前方に複数台の車が停車していたことに気づかないまま、車の近くにいた男性Aさん(55)と女性Aさん(25)をはねて死亡させたほか、別の男性2人(32)(65)に大けがをさせた過失運転致死傷害の罪に問われました。衝突したトラックのスピードはおよそ時速93キロ。周辺は当時、時速50キロの規制がかけられていました。
この裁判では被害者参加制度が採り入れられ、検察側の席には被害者遺族とその弁護人の合わせて8人が座りました。
書類送検され、今年6月になって起訴された玉置被告。ややくたびれたスーツ姿証言台に立つと、起訴内容について「間違いありません」と小さく答えました。
事故が発生した経緯は検察側の冒頭陳述で明らかになりました。
(以下、検察側冒頭陳述より)
玉置被告は事故を起こすまで、14年間に渡ってトラックの運転手を生業にしてきました。長距離運転を始めたのは事故のおよそ3年前で、勤務先名義のトラックは被告専用のものでした。
2022年11月25日午後5時ごろ福岡市内の営業所を出発した被告のトラックは、通常のルート通り大阪市内に向け、夜の山陽道を走行していました。
▼事故(1)Sさんのトラック 男性Aさんの車両と衝突
午後10時57分ごろ、第1の事故が発生しました。山陽道の追い越し車線をトラックで走行していたSさん(65)は、走行車線に進路を変更する際、男性Aさん(55)の乗用車と衝突する事故を起こしました。この事故で男性Aさんの車は追い越し車線に停止。Sさんのトラックは約100m先の路側帯に停められました。
▼事故(2)男性Aさんの車両にEさんの車両が追突
同時刻、第2の事故が起きます。先の事故で追い越し車線に停車していた男性Aさんの車に、後続のTさんが運転する車が追突しました。2つの事故で、追い越し車線上には男性AさんとTさんの車2台が停車していました。
事故直後、男性AさんとTさんは、それぞれ110番通報。周辺は午後11時3分ごろから臨時規制がかけられました。制限時速は50kmに設定され、規制は現場の約200m手前と1.7キロ手前の表示灯に映し出されました。
間もなく、現場に偶然通りがかったのがNさん(32)でした。人命救助に関わる職業に就いていたNさんは、多重事故を見つけると、追い越し車線に停止した2台の車の前に自車を停めました。Nさんは車を降り、同乗の女性Aさん(当時25)と2人で事故車両付近に駆け付けました。
**▼事故(3)玉置真也被告のトラックが3人をはね、前方の車両と女性Aさんに衝突 **
同時刻―。玉置被告が運転するトラックは、追い越し車線を時速約93キロで走り続けていました。九州自動車道から山陽自動車道に入り、すでに3時間以上が経っていました。タバコを吸おうと考えた被告は、ダッシュボードに置いたタバコの箱に目を向けましたが、箱と一緒に置いてあったはずのライターが見当たりませんでした。被告は運転席と助手席との間に置いたカゴの中からライターを探そうと右手を伸ばすと、前方から目を離しました。
その間、わずか5秒ほどのことでした。
被告の目にはヘッドライトが照らした先に立っていたNさん、Sさん、男性Aさんの3人の姿は見えていませんでした。
玉置被告のトラックはブレーキを踏むこともなく、男性Aさんをはねました。トラックは停められた車にそのまま衝突し、衝撃で押し出された車は路上にいた女性Aさんに衝突しました。男性Aさんは全身を、女性Aさんは頭などを強く打ち、いずれも搬送先の病院で翌日未明に死亡が確認されました。
検察側は、各車両が大きく損傷した写真や、被告のトラックに付けられたドライブレコーダーの映像を証拠として提出しました。ドライブレコーダーには被告が見落とした「50キロ規制」と書かれた表示灯や、事故直前の3人の姿も映っていました。
▼供述調書(1)Sさん 「誰かが突き飛ばしてくれなければトラックにはねられていた」
第一の事故を起こしたSさんは、玉置被告のトラックより以前にも、複数の車両が事故現場を走り抜けていたことを供述しています。「他の車両は減速して登坂車線の方によけていたのに、このトラックだけがスピードを落とすことなく向かってきた。私はトラックが迫ってきたので危ないと思ったのですが、恐怖で体が硬直してしまい、身動きがとれなくなっていました」
「付近にいた誰かが『あぶない!』と言ったと思うのですが、誰が言ったのかもよく分かりませんでした。自分の近くにいた人だと思いますが、誰かが私を道路中央側に突き飛ばしてくれたので私は道路中央側に倒れてしまいました。この誰かが突き飛ばしてくれなければ、このトラックに私もはねられていたと思います」
▼供述調書(2)Nさん 偶然通りがかった現場 救助活動に向かう
検察側はNさんの供述調書も証拠として提出しました。第1・第2の事故から救助作業をする必要があると考え、110番の会話を続けながら救助活動をしていたところ「現場がパッと明るくなり、だれかが大きな声で『危ない!』と叫んだ」ことなどが語られていました。
Nさんは「大きな壁が迫ってくるようで、私もとっさに『危ない逃げて』と言いながら走行車線に跳んで逃げた」と事故を振り返っています。
検察官は「トラックが突っ込んだあと、現場で女性Aさんを探していた」というNさんの供述調書を読み終えると声を詰まらせ、目元をハンカチで拭いました。
検察側、傍聴席のあちこちからすすり泣きが聞こえ、続けて女性Aさんの母親の供述調書が読み上げられました。
▼供述調書(3)女性Aさんの母 「土下座する社長の傍で被告は立ち尽くしていた」
「優しくよく気がつき、分け隔てがない子」だったという女性Aさん。事故当日、交際中のNさんと旅行に出かけた女性Aさんを送り出した後、母親は警察から事故を知らされました。事故後、被告は勤務先の社長と女性Aさんの自宅を訪れています。しかし、土下座する社長の傍で、被告は謝罪をすることもなく立ち尽くしていたといいます。その後1年に渡って何の連絡もなかったことなどから、被告に対する遺族の不信感は募っていきました。
▼証人尋問 被告が勤務する運送会社社長
弁護側、検察側の双方から損害賠償などについて問われた社長は「会社が入っている保険を使って賠償する予定」だと答えました。社長は被告に被害者遺族へ手紙を書くことをすすめたものの、「被告から積極的な提案はなかった」と語りました。
一方で、「働いて反省を見定めよう」と倉庫内作業員として雇い続けていることを明らかにしています。
▼被告人質問 「金銭は保険会社に、謝罪は社長に丸投げ。自分には関係ない?」
被告人質問で証言台に立った玉置被告は、弁護側の質問に対して、改めて起訴内容を認めました。
弁護人:事故当日は急いでいましたか
「自分としてはいつも通り、急いではいませんでした」
弁護人:何時間ぐらい走っていましたか
「3時間、もうすぐ4時間のところだったので次のPAで休憩しようと思っていました」
弁護人:疲労感はありましたか
「今回は疲れていなかったというか、もう少しで休憩だったので」
弁護人:脇見の原因は気の緩みですか
「毎日通っている道、この先休憩ということで気の緩みがあったと思います」
弁護人:コンソールボックスにタバコやライターを置くと脇見になると思いませんか
「思います、当時は横の箱をガサゴソやって見つからなくて見てしまいました」
弁護人:事故の可能性は考えませんでしたか
「いつも通っている道でもあったし、何もないと思って横を見てしまいました」
弁護人:治療費や賠償金の支払いがどうなっているか知っていますか
「分からない状態です」
弁護人:自分から聞かないのですか
「社長に聞いていますが保険会社からまだ何も決まっていないとしか返事を聞いていません」
弁護人:加害者として被害者に支払いができているのか、調べようとしないのですか
「確認は保険会社から何かあったときに伝えると…」
弁護人:治療費が払われているかどうかは知っていますか
「その辺も分からなくて聞いていないです」
弁護人:賠償はどうしたいですか
「しっかりやっていきたいと思います」
弁護人:亡くなられた方や遺族に対するケアや謝罪はちゃんとできていますか
「(無言の後)正直、できていないです」
弁護人:事故後、自発的になにかをするということができていないのではないですか
「やっぱりこんなことをしてしまって、反省するとかしても、申し訳ないことをしてしまって、手紙もずっとやらないといけないと分かっていたんですけど自分自身、本当にもうどうして良いか分からないというか、そうなってしまいました」
弁護人:金銭は保険会社に丸投げ、謝罪は社長に丸投げ。自分には関係ないと思ったのですか
「そういうことは本当にありません」
弁護人:今後、免許の再取得の予定はありますか
「今のところはありません。以前は会社にも残してもらって、頑張らないとと思っていましたが、いざトラックの前に立ってみて、運転席に登ってみると足がすくんだりして、運転の仕事ではなく仕分けや倉庫の積み込みの手伝いでやって行けたらと考えています」
弁護人:免許を取ろうとしていませんか
「はい。あんな大きい鉄の塊がそれだけの速度でやってくるわけですから…もう車に乗ることはやめようと思いました」
▼被害者の名前が答えられない被告「手を合わせに行かせていただきたい」
続いて被告は検察側からの質問に答えていきました。
検察官:ドライブレコーダーには2度『50キロ規制』の表示が映っていました
「いつもと変わらない状況だったのでいつものように走って見落としていました」
検察官:事故を起こしたあと何をしましたか
「車の中で、何が起こったんだろうという状態。頭の中がパニックになって社長に電話しました」
検察官:どうして最初に社長に電話を
「無意識にかけたのが社長でした」
検察官:倒れている人がトラックのまわりにいましたか
「どうしていいのか分からずそのまま座っていました。気が動転して何もすることができませんでした」
検察官:亡くなった方々に家族がいることは分かりますか
「はい」
検察官:家族、友人、どこまでの人たちに謝罪をしようと思っていましたか
「どこまでの人と言われましても…」
検察官:亡くなった方々の名前は分かりますか
「(男性A)さん、(女性A)さんです」
検察官:フルネームは
「(男性A)さんのほうが…分かりません」
検察官:今までに大切な人を失ったことはありますか
「僕自身はないです」
検察官:今後どう償っていくつもりですか
「一番は亡くなった方への…」
検察官:考えていないのでは
「考えていないということはありません、絶対にありません。やっぱり一番は本当に謝罪、そうですね謝罪…」
検察官:具体的に言えないのでは
「できることなら手を合わせに行かせていただきたいという思いがあります。どういうふうに償っていくかについては本当にもう…取り返しのつかないことをやってしまったので、車に乗らないにしても運送会社に勤めていますので、ドライバーを集めたりして、本当にこのようなことが二度と起こらないように伝えていきたいです」
▼遺族の弁護士が被告に問う「愛する人を失うということがあなたに分かりますか」
この裁判では被害者参加制度が採用されました。検察官による質問の後、遺族側の弁護人による被告人質問が始まりました。
遺族側の担当弁護人は予定された開廷時間がすでに残り10分を切っていたことから、「時間の関係があると思うが、今日この場に立つことを2年待った。時間超過を許していただきたい」と裁判長に求めたあと、直接被告に質問を投げかけました。
遺族側弁護士:(女性A)さんがどんな人物だったか知ろうとしましたか
「そのへんのところはやれていません」
遺族側弁護士:今ここにいる(女性A)さんの家族は、愛する人の命を奪った人はどんな人間なんだろうと、知りたくもないのに知らないと前に進めないから、今日ここにいる。それが分かりませんか
「分かります」
遺族側弁護士:それが『行動に移す』ということではないですか。『申し訳ない』という気持ちから被害者のために自らとった行動はなにかありますか
「正直ありません」
遺族側弁護士:先ほど示談がうまく進んでいないという話がありました。これまで、ただの一度も保険会社からもあなたからも会社からも賠償したい、示談したいという希望を聞いたことはありません。示談したいとか賠償したいという気持ちを伝えたこともないのではないですか
「そんなことはありません。保険のことは保険会社がっていうこと、話がまとまってないとしか聞いていなくて」
遺族側弁護士:(女性A)さんの自宅を訪ねたことがありますね。自宅でまともな謝罪をしていませんよね
「あのときは大きい事故、最悪な事故を起こしたということが毎日毎日忘れることもできず、日にちも経っていないということで…反省していないといわれても本当に申し訳ない、目を見て話すことができていませんでした」
遺族側弁護士:社長が謝罪文を書くよう話をしたとあったが、(女性A)さんの遺族にはそんな手紙届いていません。これは出したのですか
「出していないです」
遺族側弁護士:事故後に1度、(女性A)さんの自宅を訪ねた以降、今日までの間にあなたがしたことは、昨年(2023年)の11月24日に何の連絡もなく手紙も添えることもなく、花だけ突然送ってきたことだけですね
「はい」
遺族側弁護士:なぜ、花には謝罪の文言や突然の連絡をわびるようなことが書かれていなかったんですか。それも会社と話し合って決めたんですか
「違います。それは僕がやってませんでした」
遺族側弁護士:この行為がどれほど遺族を傷つけたか想像できますか
「はい」
遺族側弁護士:1年も何の連絡もなく、しかも命日の2日前に、何の意味で送ってきた花か分からないじゃないですか、遺族からすれば「花だけ贈っていれば体面がとれるだろう」と受け止められる。そういう安易な考えで花を贈ろうと社長から指示されたんじゃないんですか
「本当にそういうことはないんですけど、行動に示せてないから…」
▼「法廷だけ都合の良いことを言っているのではないですか」問われた被告は
遺族側弁護士:あなたは捜査段階では「トラックの運転免許を再度取得してトラック運転手として業務を続けていきたい」と供述しています。きょうの被告人質問では「運転免許自体とるつもりはない」と答えています。法廷だけ都合の良いことを言っているのではないですか
「あのときは会社に残してもらっている以上はということで言ってしまった部分もありました」
遺族側弁護士:社長から「反省しているかどうか見る意味もあって雇用を継続している」という話がありました。あなたが反省している態度を見せるべきは社長ではなくて被害者遺族じゃないですか
「そうです、一番はそうです。絶対にそうだと思います」
遺族側弁護士:それはされてこなかったわけですね。今回の事故であなたにとって、運転免許がなくなったこと以外に、なにか変わりましたか
「そう言われるとそうです」
遺族側弁護士:運転免許は2024年11月1日から再取得が可能になるそうですね。これまで被告人質問で聞いた話をまとめると、謝罪もしていない、民事責任は会社が代わりに手続きをする、自らは就労を継続する、免許は再び取得することができる。この事故の前と後であなたは何も状況が変わっていないんですよ。それに対して被害者遺族は愛する家族を失い、もう二度と家族に会うことができないんです
「はい」
遺族側弁護士:事故前後で何も変わらないあなたに対して、遺族が実刑で一日も長く刑務所で罪を償ってほしいと願うことは自然な感情だということは理解できますか
「できます」
被害者担当弁護士による被告人質問で初公判は終わりました。
翌月開かれた裁判では、被害者遺族による意見陳述が行われました。
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