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「この度、私たちが私達がノーベル平和賞をいただくことになりましたよ」 原爆慰霊碑で先人たちに伝えた思いは 日本被団協・箕牧代表委員に聞く 被爆80年への決意 ノーベル平和賞の受賞決定を受けて

ノーベル平和賞受賞決定から4日目。日本被団協の箕牧代表委員がRCCのニュースに生出演し、受賞への思いやこれからの取り組みなどについて思いを述べました。

青山高治アナウンサー
「箕牧さん、ノーベル平和賞の受賞決定おめでとうございます。」

日本被団協 箕牧智之代表委員
「ありがとうございます、はい。」

青山アナ
「連日の忙しいスケジュール中、きょうは生中継どうもありがとうございます。今日で決定から4日目ということになりましたが、あらためて今どんなお気持ちでいらっしゃいますか」

箕牧さん
「すぐ思い出したのは、2017年核兵器禁止条約会議にニューヨークに行って、当時、コスタリカのホワイト議長さんに、日本からの署名を渡しました。これで流れが変わるかな、というふうに思いました。
そして2024年10月11日、つい先日ですね、18時にスマホに・・・日本・・・なになにと・・・聞くんですが、日本・・・そしたら報道の皆さんが、『日本被団協じゃー、日本被団協がノーベル平和賞もらったよ』って言われて、その時は『ウソ!?本当、マジ!?』と言いながらね、ほっぺをつねりました。舞い上がったような気持ちでしたよ。うん。」

田村友里アナウンサー
「信じられないっていう気持ちでしたか?」

箕牧さん
「そう、そう、(待ってる時は)1時間あったら家に帰られると思ってましたが、毎年のことですから…」

田村アナ
「その後反響はありましたか?」

箕牧さん
「もうそこら中から、もう一日ずっとスマホにメール…、そして家に帰ったら、おそらくパソコンにはいっぱいメールが入っとる思うんですね、留守番電話とかね。家に帰ったらそろそろ処理をしなきゃいけない…、なるべく早く自宅に帰りたいなと思っておりますけど。」

田村アナ
「メディアに引っ張りだこで、お忙しい中かと思いますけれど、きょうはよろしくお願いします。」

箕牧さん
「いやいや、こちらこそ」

原爆慰霊碑に受賞の報告 先人たちへの思い

青山アナ
「箕牧さんは、きのう原爆慰霊碑に受賞決定の報告に行かれていましたが、どんな報告されたんですか。」

箕牧さん
「1956年に森滝一郎先生が理事長で設立された広島県原爆被害者団体協議会、森滝先生の言葉は、『核と人類は共通できない』というお言葉でした。そして伊藤サカエさん、藤川一人さん、そして坪井直さん、坪井さんは『ネバーギブアップ』、あきらめることなく核兵器禁止を訴えていくということで、そして34万人のね、原爆で亡くなられた慰霊碑の前で、『この度、私達がノーベル平和賞をいただくことになりましたよ、坪井さんがお元気だったら、もっともっと良かったのに』というような気持ちで報告をさせていただきました。」

青山アナ
「箕牧さんにとっても本当にたくさんの方の顔や言葉が浮かんだんでしょうね。」

箕牧さん
「そうです、もう34万人と言ったらね、だんだん亡くなって、あれも亡くなった、これも亡くなったというんでね。当時、年齢の高い人ほど早く亡くなっていかれますから、本当に直爆の人たちはね、そうした人生で一生が終わるということはね、本当に残念な戦争だったと思いますよ。」

田村アナ
「昨日、外国人の方も箕牧さんと一緒に写真を撮りたいっていうような方もいらっしゃったと聞いたんですけど、そういう世界に対する反響みたいなのも感じてますか。」

箕牧さん
「はい、それはニューヨークからもたくさんのメールが来ましたがね、『あんたらが映っとったでー』と、そういうふうに、世界中に日本被団協がノーベル平和賞に選ばれたということで、核兵器の問題にね、市民・国民がね、世界中の人たちが考える機会になったのはありがたいと思います。」

ノーベル平和賞受賞で期待すること そして被爆80年にむけて

田村アナ
「一方で、私、きょう平和公園に行ってきたんですけど、この日本被団協のノーベル平和賞受賞のニュースを知らないっていう若い方も何人かいらっしゃって、広がっていくっていうのはこれからの課題なのかなとも感じたんですけど、私たち若い世代に伝えたいことを考えてほしいことってどういうことですか」

箕牧さん
「きのうね、ハチドリ舎というところで若い人たちがね私達の受賞を祝う機会をいただきましたときに、非常に若い人たちがいっぱい集まっておられてね、いわゆる核兵器・戦争・平和について挨拶していたのを見て、だんだん若い人たちも浸透してるなと思う反面、元安橋あたりで署名活動すると、外国の人は署名に応じていただきますが、日本人はすっと逃げるようにしてなかなか私たちの正面においでいただけませんでした。
 しかし今度のノーベル賞受賞で、おそらくたくさんの人が署名してくださるんじゃないかというふうに期待をしておりますが、そして、被爆二世・三世、一般の国民を巻き込んで、戦争のない、核兵器のない、平和な世界を作っていくということをね、みんな学んでほしい。」

「今、ロシアでも、ウクライナでも、イスラエル・ガザ、あるいは中国・台湾、朝鮮半島と、いつ有事が起きるかわからんような状態、戦争状態もありますが、そうしたことをね、誰かが止めんと、なかなか戦争というのはやまないですよね。
 国民は、『もう戦争だけはイヤだとイヤだ』と言ってるのに、政治家がどんどんどんどん攻めて攻めて攻めるのがね、大きな、私達にとっては矛盾のように思います。」

コメンテーター 天谷宗一郎さん 
「今、箕牧さんがおっしゃったこと、小学6年生と4年生の娘がいるのでしっかりと伝えたいと思います。その中で、来年被爆80年を迎えるんですけれども、今後どういった取り組みをしていくのかなっていうのを教えていただけますか。」

箕牧さん
「来年は80年を迎えることになりますがね、今、私達の団体は被爆証言というなどしまして、特に平和公園の中にあるいろんな原爆の慰霊碑をね、慰霊碑巡りということをしてくださる人もおられて、そしてやっぱり80年前はこうだったんだよいうことをね、聞いていただけると思うんですが、私は被団協ができた頃は、一少年でしたからね。私としては、来年大きな課題になると思いますから、皆さんと話し合って決めたいと思います。」

青山アナ
「箕牧さん、日本政府にはどういったことを求めたいですか。」

箕牧さん
「日本政府は、まずね、やはり核兵器禁止条約にオブザーバー参加していただきたい。はい。もう2回欠席ですがね、次3回目は。」

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