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脱・サラ。自費で海外留学。元・日本代表監督が広島で描くビジョン

 新たな歴史をつくるために、挑戦する者がいる。そんな広島を代表する人たちの「言葉」に迫る。テレビやラジオで紹介できなかった人物像を、「生涯野球監督・迫田穆成 83歳、最後のマジック」(ベースボールマガジン社)の著者である坂上俊次が描く。第7回は、ハンドボール イズミメイプルレッズ監督・酒巻清治さんだ。

 ハンドボール界の名伯楽は、2023年の日本リーグ開幕戦を白星で飾った。睡眠時間を削ってでも、世界中のハンドボールの映像をチェックする。参考になるプレーがあれば、その場面を切り出して選手に見せる。そこから、ディスカッションが始まる。
 相手が選手でなくても、酒巻監督は、熱い。この日も、取材者である私にタブレットを広げ、ヨーロッパの連係プレーを見せてくれた。そして、一時停止ボタンを押すと「このプレーをやってみたいです」と力を込める。
ハンドボールに関わる人には、ひとしく熱量を送る。記者会見でも「1社1問」なんてことは断じて口にしない。「時間なんて気にせず、ハンドボールの話をしたいですね。翌日が休みなら、そのまま報道陣と飲みに行ってハンドボールの話をしてもいいくらいです」
情熱は、生き様からも伝わってくる。ハンドボールの名門・湧永製薬の監督も務めたが、42歳で退社、ハンドボールを学ぶため、自費でスウェーデンに渡った。貯金を切り崩す生活に不安もあったが、新たなハンドボールからの刺激の方が大きかった。
帰国後には、国内チームや日本代表の監督を歴任。今シーズンからイズミメイプルレッズの指揮を執ることになった。
リスキリング。そんな言葉には、首を横に振る。
「そういう意識はないですね。当時の日本のハンドは遅れていて、知らないことを知れるようになる。その知識が人の役に立つ。そういうことが喜びです」
10月21日、酒巻が率いるイズミメイプルレッズは開幕戦を迎えた。選手のポジションは大きく変わり、これまでとちがったプレーも見られた。
「自分自身が自分のコーチングを受けたときにハッピーでありたい」
その信条が、酒巻クオリティーである。
脱サラからの、ヨーロッパ留学。大きな人生の決断が、プロフェッショナル監督を生んだ。開幕快勝スタートは、その序章に過ぎない。

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