明治時代に広島で創業した、手焼き煎餅の店。3年前一旦閉店し、おととし復活したんですが、この度、再び閉じることになりました。惜しむ声とその背景を取材しました。

広島市中区吉島西にある「芸陽堂」です。商品は、手焼き煎餅のみ。決して人通りが多い場所ではありませんが、この日は客足が途絶えません。

1911年に創業 広島ゆかり「頼山陽」にちなんだ看板商品

芸陽堂は1911年に創業。江戸後期の儒学者で、広島ゆかりの頼山陽にちなんで作られた手焼きの「頼山陽煎餅」が看板商品です。

常連客は「お正月とかお盆とか、みんなにあげたら喜んでもらえるんで」「昔からの非常に懐かしい味だし、だからこれがなくなることは、ちょっと寂しいけどね」と話します。

創業100年超 地域に愛された手焼き煎餅

戦後は、広島市中区堺町で長らく店を続けてきました。

「頼山陽煎餅」の材料は、小麦粉、砂糖、そしてたっぷりの卵黄、だけ。

3代目 平室勝三さん
「この材料ならお客さんに喜んでもらえるだろうっていう割合でやっとるんですからね、煎餅は」

シンプルな素材を絶妙の火加減で焼き上げた素朴な味は、長年地域の人に愛されてきました。

当時の客
「ここからすごく良い匂いがするでしょ? 焼いている。あれに誘われてって感じかな?」

3代目 平室勝三さん
「手焼きでも手作りでも、なんでもそうだと思うけど、心を込めなきゃできないんじゃないの?」

「芸陽堂」は、代替わりしてからも続いてきましたが、店主の高齢化や店舗の立ち退きなどのため、3年前、112年の歴史に一度は幕が閉じられました。

”もったいない” 異業種企業が引き継いだ再出発は2年前

ナガ・ツキ 長谷川晴信社長
「なかなか歴史があるのがなくなる、いうのはもったいない話で」

会社のロゴ入り煎餅を注文したことがあった建築資材メーカーの「ナガ・ツキ」が、歴史ある味を絶やすには惜しいと、事業を引き継ぎました。

ナガ・ツキ 長谷川晴信社長
「やっぱりどういう形であれ、継承した方がいいな…と。引き継ぐチャンスはそんなにあるわけでもないんで、もしあれやったらうちに譲ってくださいって話で」

手焼きの道具や焼き印をそっくり引き継いで、材料や製法もそのままにオープンしたのは2年前のことでしたが…。

”とりあえずは「休止」” でも ”潰すことはしたくない”

ナガ・ツキ 長谷川晴信社長
「彼(店長)がやめるいうことになって、誰もやる人おらんないうことで、とりあえずは”休止”いうか…」

店長の退職と、手焼きならではのロスの多さや人件費、包装資材の高騰などが相まって、先月末日での「休業」となりました。

常連客)
「名残惜しいし残念なんですけどね。孫も喜んで食べてるから、重宝してたんですけど」
堺町で常連だった客)
「なかなか行けなくなって、ちょっと調べたらちょうど閉店って聞いたので、慌てて来ました。思い出の味だったので、ちょっと残念だなと思うんですけど」

「ナガ・ツキ」の長谷川社長は、「店を完全にやめるわけではなく、機械化も視野に今の時代に合った生産体制と商品内容に整え直し、新たに人を見つけて、復活を目指したい」ということです。

ナガ・ツキ 長谷川晴信社長
「それはやらんといけんな、いうことですよね。でないとホントに、歴史ある”芸陽堂”を僕が潰すことになるんで。それはしたくないし、次に受け継いでいきたい、いうのはあります」

世紀を超えてきた素朴な味が今後どうなるのか、模索が続きます。

資産があっても続けられない「休廃業」は倒産の7倍超

今回は、企業の一部門が”休止”ということになりますが、過去5年でみると、県内では毎年1200件から1500件程度が休廃業や解散しています。

これは、倒産件数よりずっと多く、一番割合の低い直近の2025年でも7倍超。しかも、帝国データバンク広島支店によると、休廃業や解散の半分ほどは黒字廃業、とのことです。

中小・零細企業では、原材料費・人件費の高騰だけでなく、設備更新や代表者の体調不良・高齢化を「潮時」とみなす「諦め型の廃業」もみられる、ということ。

「芸陽堂」の場合は、3年前のそれを乗り越えたかに思えたのですが、再びの「休業」となりました。

庶民的な商品なだけになかなか値上げもしにくい、ということもあったようですが…「ナガ・ツキ」の長谷川社長は、1年以内を目標に再開したいとしています。