被爆体験をどのように次の世代へつないでいくかが課題となっています。被爆者の体験を最新のデジタル技術で再現し、未来へ残そうとする取り組みが始まっています。
緑の壁に囲まれ、48台のカメラと、360度設置された支柱。一体何が始まるのでしょうか?東京のスタジオで行われていたのは最新技術「XR」を活用した映像の撮影です。XRとは専用のゴーグルを装着するVR技術などを駆使し、コンピューターで再現された世界をまるで現実のように歩きながら体験できる技術です。

ヒロシマ・アーカイブ制作委員会が観光客などに体感してもらうおうと、取り組みを進めています。そのテーマは、原爆投下前後の広島です。
「そういうシャツは着ていない」被爆後自宅に帰り…当時の様子再現めざし

この取り組みに協力するのが被爆者の田中稔子さんです。6歳のとき、爆心地から2.3kmの場所で被爆。右腕や頭、首に火傷を負い、放射線の影響による健康被害にも苦しみました。その後、壁面七宝作家として活動しながら核兵器廃絶を訴えてきました。この日は、XRで使う映像確認の打ち合わせ。田中さんが被爆したあと自宅に帰り、母親と再会するシーンなどを確認していました。
田中稔子さん
「私は自分が何を言ったか覚えていないけど、こういう状態であったであろうとえらい納得しています」
しかし、母親が着ていた服装については修正を求めました。
田中稔子さん
「そういうシャツは着ていないんですね、着物をね、何か改造したような、一つ袖を筒袖にしたような着物ですね」
「覚えてないことは覚えてないということを言いたい」

監修を務めるのは、テクノロジーを活用して戦争の記憶を未来に伝える「デジタルアーカイブ」の第一人者、東京大学の渡邉英徳教授です。田中さんの言葉一つ一つに耳を傾け、スタッフが作り上げたCGを田中さんの記憶に近づけていきます。
田中稔子さん
「覚えてないことは覚えてないということを言いたいです。しっかりシュミレーションをしてもらうには、盛ってもいけないし、ひいてもいけないし、覚えている事はきちんとお伝えするのが私の役目だと思っているんですね」
髪型までチェック重ね…俳優起用し撮影

打ち合わせの2日後、東京のスタジオでは俳優を起用した撮影が行われました。
ディレクター
「もう少し髪型を抑えて…」
演者の動きや髪型まで、細かくチェックを重ねます。そして、いよいよ本番。幼い田中さんが空を見上げるシーンや、親子で抱き合う場面など、人の動きをデータとして記録していきます。
今回のプロジェクトには渡邉教授の研究室の学生たちも協力しています。
協力する大学院生
「生活に関するものも当時の資料として、何かあれば、参考になるものがあれば見たいということで、スプレッドシートに集めました」
「こんな普通の生活をしていたのに、急に…」

今回の取り組みは、研究室で取り組んできたものとはひと味違うと感じています。
協力する大学院生
「被害の方がフィーチャーされるので、当たり前のその日常みたいな、どう生活してたんだろう、こんな普通の生活をしていたのに、急に、そういった戦争によって奪われるんだというのが想像できてしまう」
15年前に被爆証言をデジタル地図上にまとめた「ヒロシマアーカイブ」を制作した渡邉教授。今回のXRはさらに一歩踏み込んだ挑戦だと話します。
東京大学渡邉英徳教授
「なかなかその方の体験の中に入りこむというのは難しい課題。1945年8月6日のヒロシマの中に自分が訪れるチャンスだと思ったからです」
「当時の惨状そのもの」ではない 協力した被爆者が求めることとは

一方で、XRによる再現映像は「当時の惨状そのもの」になるわけではありません。しかし、今回協力した被爆者の田中さんは、完全なものではないことを踏まえた上で、見る人に「あること」を求めています。
田中稔子さん
「むしろね、想像力をもってほしいんですよ。実際は見るよりはもっとひどいんですよね。(被爆証言の)言い方も、言葉で表現できないんですよね。そこにある、向こうにあるものを感受するような人間社会の教育もいるし、本人の感受性もいるし、それを失ったらAIに振り回されてとんでもない社会になって、原爆を使ったほうがいいよねとかね、そんな風に答えを出すかもしれません。(想像力をきちんと持って)見ていただきたいと思います」
このXRコンテンツは、今年秋の完成を目指して制作が続けられています。
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