広島は6日、81回目の「原爆の日」を迎えます。被爆2か月後の映像に映る被爆者の男性がことしも自身の体験を伝えています。伝えたかったのは亡き姉への思いです。

「8月6日。午前8時15分。原子爆弾がさく裂…」

3歳のときに被爆した竹本秀雄さん(84)。先月28日、広島駅南口地下広場で開かれた朗読会で、およそ100人を前に自身の体験を語りました。

竹本さんは、爆心地から約1キロの自宅で被爆しました。

竹本秀雄さん
「倒れた家と積んであった家財の間に挟まれていたのを兄が見つけてくれた」

被爆2か月後に映る姿

竹本秀雄さん(左)と兄の定男さん

被爆から2か月後の撮影された映像に竹本さんと兄定男さんの姿が捉えられていました。

左頬に大きな傷を負った竹本さんをおんぶしている兄の定男さん…。病院で治療を受けた後の帰りだとみられています。

竹本さんは4年前、この映像の男の子は自分だと名乗り出ました。それを機に、自身の体験を話すようになりました。

28日に開かれた朗読会。この日伝えたかったのは、10歳年上の姉・君江さんについてです。

13歳の姉は被爆後行方が分からなくなり…

君江さんは当時13歳。学徒動員のため市内にいましたが、被爆後、行方が分からなくなっていました。

原爆投下から20日以上たち似島に収容されている知らせが…。両親はすぐに駆けつけましたが、多くの負傷者が横たわり、なかなか見つけることができませんでした。

すると…

竹本秀雄さん
「探しあぐねていた時にかすかに、姉の方から『お父ちゃん、お母ちゃん』と声がして、やっと見つけることができたそうです」

やっと会えた家族、しかし…

家族のもとに帰った君江さんは、翌日の8月30日に息を引き取りました。

「23日間も親が探しに来るのを待っていたと思うと、不憫でなりません」

竹本さんは最後にこう訴えました。

「人を憎まず、隣の人を愛しましょう。笑顔で語らいましょう。そしてねぎらいましょう。そうすれば争いは収まるのではないでしょうか」

被爆から81年…。竹本さんは自身の体験を伝えて続けて行くつもりです。