アメリカに移住して核兵器の廃絶を訴え続け、おととし亡くなった笹森恵子さんを偲ぶ会が2日、広島市で行われました。

原爆資料館で行われた偲ぶ会には、笹森さんと親交があった約70人が参列しました。会は、笹森さんの一人息子、ササモリ・ノーマン・カズンズさんの来日にあわせたものです。

前広島市長 秋葉忠利さん
「これほど多くの人にエネルギーを持って伝えてきた。笹森さんに心から感謝したい」

13歳で被爆 核兵器の非人道性を訴え

13歳の時に爆心地から1.5キロの場所で被爆した笹森さんは全身の4分の1にやけどを負いました。

何度も治療を重ねたのち、アメリカに移住。平和活動を通じて、核兵器の非人道性を訴えてきましたが、2024年12月に92歳で亡くなりました。

故・笹森恵子さん
「まだ平和は来ないからダメだと思わない。みんなが一生懸命になれば、平和は来ると思う」

遺族は「母の遺志がこれからも後の世代に引き継がれますように」とコメントしています。