第108回全国高校野球選手権広島大会は22日(水)、準々決勝の大一番を迎える。注目のカードは、50年ぶりの夏の甲子園を目指す崇徳と、大会4連覇を狙う絶対王者・広陵の一戦だ。

届かなかった「あとひとつのアウト」

崇徳にとって、広陵という存在は単なる強敵ではない。それは幾度となく甲子園への道を阻まれてきた「高き壁」であり、越えなければ絶対に前へ進めない宿命の相手だ。

思い返せば1年前の2025年夏、広島大会決勝。崇徳は9回2アウトまで勝利を手にしかけていた。あと1つのアウトで、1976年以来となる夏の甲子園へ届いていたはずだった。しかし、そこから王者の驚異的な底力に呑み込まれ、同点、そして延長タイブレークの末に逆転を許した。歓喜に沸く広陵ナインの背中を、ただ涙を流し、茫然と見つめることしかできなかった。

崇徳高校のグラウンドには昨夏の決勝のスコアが掲げられている

「最後の1球まで集中しなければ勝てない。自分たちはチャレンジャーなんだ」

当時2年生で捕手としてこの敗戦を胸に刻んだ新村瑠聖(しんむらりゅうせい)
新チームではキャプテンに就任した新村がメンバーと共に帽子の庇に書き込んだ言葉は**「下剋上」**。あの胸を削られるような痛みこそが、新たなチームを作るすべての起点となった。

故・應武監督が遺した「ALL崇徳」の魂

かつて1976年のセンバツで初出場初優勝の偉業を飾った崇徳。その黄金期を支えたのが、当時捕手を務めていた故・應武篤良 前監督と、主将として遊撃手を守った山崎隆造 現総監督(元広島東洋カープ)だった。

野球部総監督として生徒達に指導する山崎隆造氏

近年までは本校キャンパスのグラウンドを他部活と共有せざるを得ず、恵まれた環境とは言えなかったが、古豪復活を願う学校関係者やOBたちの情熱により専用グラウンドと学園寮を整備。ハード面でも全面バックアップする体制が整えられていった。

そして、チームが合言葉として掲げるのが、2022年に監督在任中に亡くなった應武前監督が遺した言葉**「ALL崇徳」**だ。グラウンドの選手、ベンチ外の部員、指導者、OBや学校関係者全員の力を集結させて古豪復活を果たそうという強い情熱が込められている。

20年以上母校を指導してきた藤本誠 監督もまた、2018年に崇徳の監督に就任した應武前監督から多くを学び、胸に刻んだ一人だ。その遺志を継ぎ、再び監督として采配を振る指揮官は「過去に悔しい思いをしてきた先輩たちの想いがすべて詰まっている」と語る。現在のチームには、脈々と受け継がれてきた崇徳の歴史と、半世紀の悲願を背負う熱き想いが、確かなバックボーンとして流れているのだ。

「どうしていいか分からない」突如訪れた暗闇

その歴史と重圧を背負う新村という球児は、圧倒的なキャプテンシーの持ち主だ。
誰よりも努力し、勉強では常に学年のトップ5に名前を連ね、野球でも古豪・崇徳で1年春から捕手のレギュラーとして絶対的な存在感を放ってきた。まさに文武両道を徹底し、言葉と背中でチームを牽引する。グラウンドの隅々にまで目を配り、下級生に限らず同期でも緩みがあればすぐさま正す。今春のセンバツ直前、取材に訪れた筆者でさえ背筋が伸びるほどの凛とした空気を纏っていた。

だが、33年ぶりの選抜甲子園を終えた春、チームは暗闇に落ちる。練習試合でも勝てず、士気は一向に上がらない。まるで燃え尽き症候群のような重苦しい空気が漂うなか、すべてを一人で背負い込んできた新村すらも「どうしていいか分からない」と苦しんだ。

流した涙・絶対的キャプテンが取った行動とは

転機は、藤本監督が3年生だけを集めたミーティングのあとの夜だった。寮の自由時間、新村は再び3年生全員を招集した。集められた仲間たちは「なぜ呼ばれたのか分からない」と首を傾げていた。

もともと「人を頼ることができない性格」と自らを表する主将。
その新村が、涙ながらに口にしたのは、誰も予想だにしなかった一言だった。

「助けてほしい。3年生の力が必要なんだ」

その言葉に、同期の誰もが息を呑んだ。エースの德丸凛空は当時を振り返り、こう証言する。「瑠聖が『助けて』なんて口にしたことは一度もなかった。驚いたと同時に、自分たちがすべてを背負わせてしまっていたんだと気づかされた。3年生全員でチームを引っ張らないといけないと強く感じた」

人を頼ることは弱さではない。
一人で背負う重荷を、3年生全員で「共に背負う」と決めた瞬間、真の『ALL崇徳』の魂が宿ったのだ。

夏を前に久々にグラウンドで再会した新村の表情は、別人のようだった。
キャプテンとしての威厳はそのままに、「こんにちは!ご無沙汰しています」と爽やかな笑顔を見せる。そこには重圧を分かち合い、強固な絆を手に入れた一人の高校球児の姿があった。

絶望を超えたエースの進化と覚悟

新村とともにチームの軸を担うエース・德丸凛空(とくまる りく)もまた
あの夏を原点に進化を遂げた男だ。

入学当初の德丸は、決してずば抜けた存在ではなかった。体の線は細く、本人も「あまり食事に興味がなくて…」と漏らすほど食も細かった。それでも、王者と渡り合うための体力強化に向け、吐き気と戦いながら必死に白飯をかき込み、己の肉体を鍛え上げてきた。

德丸の真骨頂は、打者の内角を果敢に攻め立てる強気な姿勢と、それを可能にする精緻なコントロールにある。昨秋の中国大会では全試合に登板し、驚異の防御率0点台をマーク。中国地区制覇、そして33年ぶりのセンバツへとチームを導く原動力となった。

その圧倒的な投球の裏にあったのは、地道な体作りと、己の個性を愚直に磨き続けた日々だ。

エースとして夏の甲子園を誓う德丸凛空

「あの経験があったから今の自分がある」

1年前の夏、マウンドで味わった絶望を糧に立ち上がった左腕。その目の奥には、過酷な挫折を乗り越えた者だけが持つ静かな強さが宿っている。

全員で戦う「ALL崇徳」 いざ大一番へ

全員で背負うと決めたチームは、6月に行われた「3年生試合」を経て、さらに固く結ばれた。夏のメンバーから漏れ、裏方に回る決断をした3年生たちにとっての事実上の引退試合。泥だらけになって白球を追い、痛みをこらえて全力疾走する姿。新村たちはその背中に涙し、仲間の想いも全て背負って夏を戦う誓いを新たにした。

最後の「3年生試合」に臨む17人

グラウンドのすぐ隣にある寮で寝食を共にし、夜は風呂場からカラオケの賑やかな声が聞こえる等身大の高校生たち。しかし、ひとたび練習前になれば「人の落とした運を拾う」とグラウンドだけでなく周辺の住宅街にまで足を延ばしてゴミ拾いを続け、日常生活から心を揃え、本音をぶつけ合ってきた。

あの夏から1年。泥と汗にまみれ、全員で進んできた崇徳が、いよいよ因縁の王者・広陵との大一番を迎える。自らの手で過去を塗り替え、歴史の扉をこじ開ける準備は、もう整っている。

【筆者プロフィール】

伊東平(いとう・たいら) 中国放送(RCC)アナウンサー。2016年に入社。アナウンサーとして、プロ野球(広島東洋カープ)、Jリーグ(サンフレッチェ広島)、世界テニスワールドツアーなど、テレビ・ラジオのスポーツ中継で実況を担当。プロ野球クライマックスシリーズ実況にて、JNN・JRN系列「第49回(2023年度)アノンシスト賞」ラジオ スポーツ実況部門 優秀賞を受賞。