なぜ「ドライブ・マイ・カー」は大ヒットしているのか? ロケ地が広島になった理由も

なぜ『ドライブ・マイ・カー』は大ヒットしているのか!?

 アカデミー国際長編映画賞に輝いた『ドライブ・マイ・カー』がまだまだヒットを続けている。

 昨年暮れから上映している「八丁座」(広島市中区)では、当初から映画ファンの注目を集めて手堅い入りを見せていたが、アカデミー賞のノミネートが発表されてからというもの“満席”が続き、受賞してからはなおさらの大ヒット。4月28日までの18週間で総計約18,000人という、アート系作品としては驚異的な成績を収めている。「八丁座・壱」の客席が167だから、1日1回上映として平均85.5%の席が常に埋まっている計算になる。4カ月以上のロングランで、今もなお!

 地味なイメージの秀作が何故こんなにも大ヒットしているのか…。私は決して評論家ではないが、「一人の映画マニア」として考察してみた。

 ひとつの要因はロケ地・広島の魅力だろう。この作品、当初は主に韓国でロケする予定だったが、東京での撮影が終わった頃、コロナ禍で渡韓できなくなり、やむなく舞台を国内に変更。イメージとして西日本、瀬戸内海の風景も盛り込んで…とロケハンして回った中、広島も有力候補になったという。

 何カ所か見て回った後、濱口竜介監督が「他にどこか面白い所は?」と尋ねたところ、広島フィルムコミッションの西崎智子さんが“平和の軸線”を説明して吉島の中工場に案内した。「広島はゴミ焼却場にまで平和への思いを込めているのか!」と感激し、これが決め手となって広島ロケが決定。文字どおり「国際平和文化都市」のイメージが溢れている…と濱口監督はロケ中の記者会見で語った。

 映画には原爆ドームも慰霊碑も宮島も出てこないが、何気ない風景の中に主人公・家福悠介(西島秀俊)の心情などがじんわりと表現されており、世界には「広島」の新しいイメージが伝わったと評する人も多い。長いトンネルを走りながらドライバー渡利みさき(三浦透子)との重苦しい対話が終わると、目の前に開ける広島市街地の夜景。

 室内での真剣な稽古の後に穏やかな木立ちの中(平和公園の片隅)での立ち稽古で起こる“小さな奇跡”。言葉が行き交う現実の世界と、家福が自らの心と対峙する“別世界”の島の宿とを結ぶ安芸灘大橋…。どれもが素晴らしい映像効果をあげている。

 だが、これは広島の観光PR映画ではない。村上春樹の小説を濱口監督が渾身の脚色で「人の心」の裏表を描いた秀作である。ただ、3時間の長尺なので正直とっつき難い。途中で寝てしまいはしないか…と不安を抱えて観た。すると冒頭から「会話」に惹き込まれた。

 まずは家福夫妻の“寝物語”の展開を〔推理〕しながら、それを脚本にするという奇抜な設定の根底にある深層心理も〔推理〕する面白さ。そして妻の急死を機に、彼女が遺した謎を〔推理〕していくという仕掛けにも惹かれるわけだ。

 次にその過程で、「この言葉の裏には何かある」と心理学者のように聴き入らせる仕掛け。演劇祭に向けての稽古という設定だから、戯曲の〔台詞〕と登場人物の通常の〔会話〕が乱れ飛び、ますます複雑に入り組んで感じる。そう、よくよく聴けば、家福の心情に響くような台詞と会話が飛び交うのが面白い。例えば『ワーニャ伯父さん』の台詞「あの女の貞淑さが徹頭徹尾まやかしだから…」とか「この僕の辛さがお前に分かるか」といった恐ろしい台詞が聞こえてきた時、家福は何を思っているのか…想像しながら表情を見つめる。そのうち3時間があっという間に過ぎていった。

 演劇祭で家福が演出する『ワーニャ伯父さん』は多言語劇で、背後のスクリーンに英語・日本語訳の字幕が出る方式。役者は皆、台詞が全て頭に入っているから、分からない言語でも相手の表情や言葉の雰囲気で解し、台詞を返す。そこに〔心のやりとり〕が見えてくる。そう、「対話」は言葉ではなく〔心のやりとり〕が重要なのだと教えてくれる。

 個人的には終盤、ワーニャを演じる家福の背後から、韓国手話の女優が彼の肩越しに手を伸ばし、その悩める心を包み込むように彼の顔の前で手話で語りかける…その映像に圧倒され、実は台詞が半分も頭に入らなかった。が、涙が出るほど感動した。そこで早速、ブルーレイを買って、じっくり台詞を追った。「伯父さん、生きていきましょう…運命が与える試練にもじっと耐えて…そして最期の時がきたら大人しく死んでいきましょう。そしてあの世で申し上げるの、苦しみました、泣きました、辛かったって…そしてようやくホッとひと息つくの…」といった内容だった。なるほど、やはりそうだった。その優しい言葉に家福は心の荷を降ろし、残りの人生を自分らしく生きていくんだろう…と、観る者は安心して、自分も頑張らねばと思う。そんな3時間の映像と言葉に幕が下りると、我々は「よう分からんとこもあったが、なんか満たされた気持ちになったのお…」と劇場を出るのだろう。

 こうした“心理的な仕掛け”とも言うべき「耳と目と心を惹き付け続ける」構成力が、海外でも高く評価され、カンヌ国際映画祭で脚本賞に輝いた所以だろう。凄い映画だ。

(「シネマッド・旅マップ」編集発行人・中野良彦)

コメント (1)

やけん - 2022.05.03 20:38 1

大好きな映画です!!観るたびに仕掛けに気づかされるホントに深い映画ですよね。この次観る時はまた何か気づき発見があるのじゃないかと楽しみになってしまいますね
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