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「日本でダンス教えられ、うれしい」ウクライナのナタリアさん 4月から広島・福山でダンス講師に 自立への一歩

ロシアによるウクライナ侵攻から2年が経つなか、自立へ向けた歩みを始める人がいます。ウクライナから広島県福山市に避難した女性…。4月からダンス講師として活躍の場を広げます。

2年前、ウクライナから福山市へ避難してきたフェドロフスカ・ナタリアさんです。戦争が起きるまで、プロのダンサーとして活躍していました。避難先となった日本で、好きなダンスを踊ることを夢見てきたナタリアさん…。

福山市の支援もあって、4月からフィットネスクラブで「モダンダンス」を教えることになりました。3月18日には別の講座が始まる前の5分間、ダンスを披露し「体験会」への参加を呼びかけました。

ナタリアさん
「私のようにみなさんは、だんだん踊ることができると思います。それは一緒にがんばりましょう」

ナタリアさんは2022年9月、知人を頼って千葉県から福山市へ移りました。日本で仕事をするためには日本語も必要だと、専門学校へ入学しました。

そして、3月6日に学校を卒業しました。

ナタリアさん
「去年4月2日、広島でN4レベルを受けました。もう成功しました」

日本語能力試験で基本的な日本語を理解することができる「N4」を取得し、次は「N3」を目指すといいます。ナタリアさんは6歳からダンスを始めました。

ナタリアさん
「私はダンスのことを大好きになって、いつもダンスを踊ったら、気持ちがよくてストレスもなくなります」

15歳からプロのダンス学校へ通い、大学へ進学してもダンスの勉強を続けました。プロとして舞台に立つだけでなく、講師としても多くの人に指導したといいます。

19日もフィットネスクラブでの見学会を終え、息子のアレクシーちゃんが待つ市内の保育所へ迎えに来ました。アレクシーちゃんです。福山へ避難してきた翌月から市内の保育所に通っています。

ロシアによるウクライナ侵攻後、2人は首都キーウから避難しました。乗り物が走らず、避難も混迷を極めたようです。

ナタリアさん
「私、子どもと自分の命を守りたい気持ちがすごく、入っていましたから、知らない人と一緒に車で行きました」

その後、ポーランドやトルコを経て、日本へ来ました。来日後、2年が経ち、再びダンスと向き合うチャンスが巡ってきたのです。

ナタリアさん
「日本に来たとき、最初の頭の中に、私はダンスの先生をしたいです、ダンスの先生に日本でなりたいです、なりたいです、夢がありましたから、いま2年過ぎて、んー、私、夢に近づいている感じがあります」

その夢への一歩となる体験会が25日に開かれました。事前の見学会でナタリアさんの踊りを見た人たちが集まってくれました。いよいよ、レッスンスタートです。

ナタリアさんの振り付けをパートごとに練習します。音楽に合わせて、動作を組み合わせてみます。

4月からの講座と同じくこの日も1時間みっちり練習しました。

参加者
「もう少し、表現がうまくできるようになったら楽しいんだろうなと思いました」

ナタリアさん
「ダンスを簡単から教えますから、みんなができるように教えますから気にしないでくださいね。日本で初めてダンスを教えて、とても気持ちがよくなって、うれしかったです」

「一生懸命ずっとがんばりますから、何か好きな仕事をしたいですから。ダンスの先生、日本語の先生、でも先生です」

ナタリアさんが公益財団法人から受けてきた支援金は来年まで…。今回の仕事だけで生活費を賄うのは難しいということですが、福山市は、ナタリアさんが好きなダンスを生かして、自立するための支援を模索していく方針です。

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