指先をマニキュアで彩るネイルアート。若い女性だけのものではありません。
高齢女性
「(似合ってますよ)そうですか。ありがとう、おかげさんで」
ネイルを楽しむのは、お年寄りたち。高齢者施設を訪問してお年寄りに元気と笑顔を届ける「福祉ネイル」が、介護や福祉の現場で注目されています。
福祉ネイリスト 中尾将吾 さん
「80歳でも90歳でも笑顔になってくれるし、元気になってくれる」
ツメを彩ることで高齢者に訪れる前向きな変化―。実は「認知症」にもプラスの影響が?! きょうの深掘りニュースディグ、「福祉ネイル」のチカラとは―。
◇ ◇ ◇
青山高治 キャスター
高齢者施設などに出向いて行う「福祉ネイル」。女性たちの一般的な「ネイルアート」とはちょっと違って、単なる美容目的でなく、お年寄りの心に前向きな変化をもたらすといわれています。
田村友里 キャスター
最近の研究では「認知症」に対する効果も期待されています。広島市で活動する「福祉ネイリスト」を取材しました。
◇ ◇ ◇
福祉ネイリスト 中尾将吾 さん(40)
「磯部さん、何色が好きですか? いつもいろんな色をしてもらっていますが」
磯部カズエさん(96)
「無地がええね」
広島市の 中尾将吾 さん。お年寄りにネイルアートを施す「福祉ネイリスト」です。「福祉ネイル」のポイントは、単なる美容にとどまらず「会話」や「スキンシップ」を大切にすること。その結果、▽お年寄りの笑顔が増える、▽気持ちが前向きになるといった効果があることが分かっています。
福祉ネイリスト 中尾将吾 さん
「もうちょっと先端を丸くしようか。あんまりとんがりすぎると危ないから」
「福祉ネイリスト」は日本保健福祉ネイリスト協会が認定する民間資格です。認定者は広島県内に約70人。中尾さんは資格を取るための認定校の講師でもあります。
教室では、▽ネイルの技術だけでなく、▽高齢者の心理についても教えます。会話の大切さも伝えています。
中尾さん
「ただツメの色がきれいになってよかっただけではなく、終わった後はたくさん話して楽しかったという思いも持っていただけるのが、ぼくは福祉ネイリストとしてあるべき姿だと」
この日、学んでいたのは病院勤務の20代の作業療法士と、50代の元医療事務の女性です。
受講生(作業療法士・20代)
「身だしなみから整えなくなって外へ出たくなくなり、しゃべる機会も減るし、意欲的なものも落ちてきて、認知症になっていくんだと、働いていて思う」
実の母親に認知症の症状が出てきたというこちらの女性―。母親が施設で「福祉ネイル」を受けたときの笑顔を見て、資格を取ろうと決めました。
受講生(元医療事務・50代)
「認知症の症状が初めてだったんで。家族もちょっと悩んでたんで、母はこれからどうなるのかと…。だけど福祉ネイルで毎日、笑顔が増えてきたので、すごいうれしくて。ネイルが若い人だけのものではなく、こういう効果があるなんてすごい」
福祉ネイリスト 中尾将吾 さん
「例えば自分で髪を整えるようになったり、服装も気にしてスカートを履くようになったり、お化粧して口紅を塗るようになったり。ぼくたちは福祉ネイルという形で携わっているが、その方の見た目が顕著に変わってくる」
中尾さんが「福祉ネイリスト」を目指したきっかけは、18歳まで一緒に暮らした祖父が認知症を患ったことでした。
当時、大阪で医療機器メーカーの営業マンをしていた中尾さん。祖父の介護は広島の母親に任せっきりでした。結局、介護に関わることなく、祖父は亡くなりました。
中尾さん
「家族に触れることの気恥ずかしさみたいなものがあって。結局、じいちゃんが亡くなるまでぼくは1回も介護に関わることができなくて。じいちゃんに対しても、母親の負担を減らすという意味でも何かしらサポートが…。ただその頃、知識もなかったので、何をどうしていいかも分からなかったのですが」
自分に何ができたのか―。祖父が亡くなったあと、「福祉ネイル」の存在を知りました。高齢者や介護者の力になりたいと会社を退職。4年前に資格を取りました。
訪れたのは、なじみの高齢者施設。月に2回の「福祉ネイル」の訪問日です。
中尾さん
「磯部さん、こんにちは」
一番乗りは96歳の磯部さん。ツメのケアをしながら中尾さんは、目と目を合わせて穏やかに語りかけます。
中尾さん
「磯部さん、お孫さん広島の大学ですか?」
磯部カズエさん(96)
「孫が1人、息子が1人、嫁が1人、年寄りが1人」
中尾さんと会話をしていくうちに、昔の記憶が次々とよみがえります。
磯部さん
「うちら若い頃は広島の上をB29が舞いまくりよった。最後に原爆。哀れな青春」
中尾さん
「すごい似合ってますよ。すごい似合ってる」
磯部さん
「ほう? きれいになったよ~」
三浦さんは84歳。
三浦順子(としこ)さん(84)
「クリスマスが近いから明るい色にしてみたい」
中尾さん
「もうちょっと濃くするならこのへんかな。一番濃い色にしてみます?」
三浦さん
「ベッドに寝ている時間が長いでしょう。だから自分の手を見て、ツメの色が赤いと元気が出る。がんばらなきゃと」
ツメがきれいになることで、オシャレの想像もふくらみます。
三浦順子さん(84)
「ブレスレットして赤い玉を。それとネックレス」
中尾将吾さん
「いいですね、赤にあわせてね」
指先は自然と目に入る機会も多く、化粧と違って鏡がなくてもその美しさを何度も実感できるのが「福祉ネイル」のメリットです。しかも落ちにくく、効果が長持ちするため、コストパフォーマンスも良いといわれています。
97歳の深瀬さん。懐メロと思い出話が続きます。
深瀬テルヱさん(97)
「早よ主人が死んだ、3年前に。あの世で待つないうて写真にいつも言いよる。お父さん、待ちんさんなよ、わたしゃ、まだ行きゃせんでって」
― 若いころ、マニキュアしていた?
「やってない。あがなことは。おしろいも、えっとよう買わんかった」
施設側もお年寄りの変化を実感しています。
デイサービスセンターふじ段原 森田健一 施設長
「ネイルをすると自然と笑顔になったり会話も弾んだり、表情もいい表情で笑顔が増えるのは実感していますので、効果があるとわたし自身も思っています」
中尾さん
「高齢者が笑顔になってくれることが一番のやりがい。興味ない顔で来られる方もいるが、ネイルすることで笑顔になってくれたらやりがいをすごく感じますし、楽しいときですよね」
注目の「福祉ネイル」。実は認知症にもその効果が期待されています。
介護予防の専門家・佐藤三矢 教授は今から16年前、教え子の卒業研究に衝撃を受けたといいます。それは「ネイルをすることで認知症女性の『生活の質』が向上する」という結果でした。
東京通信大学 人間福祉学部 佐藤三矢 教授
「ツメに色を塗っただけでそうなる訳ないでしょうと正直、ちょっと腹が立つぐらい学生さんに詰め寄った。嘘でしょう、こんなことあるわけないでしょう、何かの間違いじゃないですかって」
これをきっかけに本格的な研究を始めた佐藤教授。ネイルをすると、▽食事のときの問題行動が改善されたり、▽体操に参加する意欲が高まったりすることが分かり、「福祉ネイル」が徘徊や幻覚などの「認知症」にまつわる症状を軽減する可能性があることを明らかにしました。
東京通信大学 人間福祉学部 佐藤三矢 教授
「女性の性質として何歳になっても例え認知症が伴っても、自分を美しく彩ることで深い大きな喜びが、ネイルの施術を受けた女性の脳の中で生まれるんでしょうね」
「認知症」には見つめ合い、会話をして触れること(=見る・話す・触れる・立つ/離床)で相手を大切に思う気持ちを伝えるケア方法がありますが、「福祉ネイル」はこの方法とよく似ているということです。さらに佐藤教授は「福祉ネイル」が「寝たきり予防」につながる可能性も指摘します。
東京通信大学 人間福祉学部 佐藤三矢 教授
「福祉ネイルで気持ちや気分の前向きさが生まれると『社会的フレイル(虚弱)』の予防にもなる。いわゆる高齢者の引きこもりの予防。さらに外出頻度が上がると最終的に『身体的フレイル』の予防にもつながる。まさしく高齢化社会・人生100年時代で福祉ネイルが大きく貢献できる部分」
中尾さんは、介護や福祉の現場に「福祉ネイル」が当たり前に存在する日が来るよう願っています。
福祉ネイリスト 中尾将吾 さん
「福祉ネイルは塗ってゴールではない。色を塗ったら楽しくなって外に出て、いろんな人に出会ったり…。高齢者が元気でいるにはオシャレはすごく大事だが、まだまだ介護・福祉の世界は『美容』が結びつかない。ぼくらがみんなの感覚を変えていきたい」
◇ ◇ ◇
「福祉ネイル」は気分が前向きになる→積極的になる→身だしなみに気を遣う→外出する→寝たきりを防ぐという高齢者にとって良いサイクルのきっかけになる力を持っています。「福祉ネイル」の行為自体が「見る・話す・触れる・立つ」という認知症のケア手法=「ユマニチュード」と似ています。これは相手を大切に思う気持ちを伝える手法。お年寄りの自己肯定感が高まります。そのため「福祉ネイル」は男女ともに良い効果が期待できるといわれています。佐藤教授の研究では、高齢者だけでなく、▽闘病中の方や、▽アスリート、▽子育て中のママたちも癒される・前向きになるといった効果があることが分かってきているということです。
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